大蛇の吐息

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風龍に頼み向かった天井は、空が展開された地面である。手をそっと伸ばせば、幻影を利用する空は水面のように波立ちを見せた。擬似太陽があるこの天井は、意外な程、土のひんやりとした感触をマリアンヌの指先に届けた。 忠告らしい事を言った風龍は、その後、光龍のダンジョンの構造やダンジョンモンスターについて延々と語っている。マリアンヌは、それに適当な返事を返すが、風龍は気にしていないようで、今もマリアンヌの隣で漂いながら、ダンジョンモンスターについて熱く語っていた。 指先に感じる地面に、細く魔力を流し感知魔術を展開させる。円状に広がる感知魔術には、様々な気配が引っかかるが、どれも地盤崩落の原因になり得るとは思えない。更に、感知魔術を上に横にと広げると、地上近くで異物が引っかかり、更に、横に広げた先に、ちょうど四角形を成す角の地点で4つの異物を発見した。 感知では、それ自体を鑑定するのは難しい為、仕方なしに、魔導通信機を取り出し、この天井地図を引き出し、見つけた異物の場所にチェックを入れ、遙か下にある地下歓楽街ラクロに視線を向けた。北部にある歓楽街ノーチェよりもこじんまりとした比較的小さな歓楽街。されど街として機能をしてるのが、歓楽街をグルリと囲うお堀池とその周りに民間や商業施設が立ち並んでいる事でわかった。 マリアンヌが見つけた異物があるのは丁度お堀池の真上なのだ。これが人為的に設置されたのか、偶々、自然に出来ているのか……。スーと目を細めお堀池に囲まれた歓楽街を見つめてから、マリアンヌは、まず近い場所にある異物の場所へと移動していく。その間も、風龍のダンジョンモンスター講義は止まっていない。 「……でね、光龍が知らない間に、アントの巣が出来ていたらしいんだ。クイーンアントがね、3匹も居たんだって。その内一つは闇属性を纏っていたから見えなかったらしいよ。ダーククイーンアントの巣には、キラーアント・ツヴァイアントも居るんだけど、みんな闇属性持ちなんだよ。で、厄介な事に、光龍のダンジョンのアントは魔石が好物で、それを食らうから、魔法が得意な兵隊蟻が居るんだ。だからさ、僕と炎龍は、ダーククイーンアントの巣を見に行ったの。アレは低層ダンジョンとしてあり得ない巨悪な層だったよ。ダンジョンシティーのダンジョンで云うならさ、ダンジョン中層以上の高層に当たるんじゃないかな。」 クスクスと思い出し笑いをする風龍は、光龍のダンジョンの3層目の話をしていた。それを聞き流しながら……脳裏にアントの姿を思い浮かべ、気持ちが悪いな……とブルリと身体を震わせたマリアンヌは、ふと思い出した。アントは硬い顎を持つ為、確かに鉱物を好む傾向があるが、魔石を食し一定量体内に入れてしまえば、体内保有魔力が大きくなり過ぎて体内から爆発すると聞いた事があったのだ。それくらい体内保有魔力量が少ないと。 「……アントって魔石を食しても一度に大量消費出来ないのではないのですか?」 不思議に思い尋ねれは、風龍は、態々、マリアンヌの顔を覗き込み可笑しそうに口角を吊り上げた。 「アレは、亜種だと思うよ。でもね……アレは人族が創り出しだした亜種だ。だから厄介なんだよ。光龍は気にしてないけど、光龍のダンジョンには、人族が創り出し人族では手に負えない管理出来ない亜種が、沢山紛れ込んでいるよ。きっと、あのダンジョンに捨てに来てるんだ。あのダンジョンは、ホルスでも、《魔王のダンジョン》と呼ばれ、ホルス人が腕試しとレベル上げに利用してる。一層一層が異常に広いから、二層以上先に入る人族は、ほとんど居ないんだ。」 「……亜種……。」 「そう亜種。一層は、ウォーグ・コボルド・ディグピッグ・マンティス・ナイトバードとかさ、ほかにも色々居るんだけど、どっちかって云うと動物に近い魔物が多くてね。だけど、それにも亜種が紛れ込んでるから、異常に強いんだ。」 「どのくらい強いのですか?」 「そうだね……中級ギルド員。B.Aクラスのパーティがやっと倒せる位かな。」 「……それ……本当に低層の話ですか?」 「低層どころか入り口の一層の話だよ。」 風龍の楽しそうな説明に、マリアンヌは密やかに絶句する。聞けば聞く程、どう考えても可笑しいダンジョンである。低層どころか入り口でそんな酷いとは……。そして、亜種の捨て場にされた理由が良く解る。元々強いダンジョンモンスターばかりが彷徨くダンジョンであれば、可笑しいモンスターがいたとしても、誰も、気にはしないだろう。ダンジョンなんだから魔物を変容し進化するだろうと思い込むはずだ。 異物を感じた場所の真下まで到着し、先程と同じ様に手のひらを天井につけ感知魔術を展開させる。今度は、物質の本質を捉えるように鑑定魔術も入れ込み、片手は亜空間から魔導通信機を取り出し、画面に浮かび上がる地中を注意深く見つめた。 「……光龍のダンジョンを散歩はされましたの?」 画面から目を離さず尋ねれば、クスクスと笑う声が耳に届く。楽しそうな気配のまま、風龍は精霊達と戯れていた。 「したよ。攻略しておいで〜。って光龍が僕たちを追い出したからね。知り合いが来るから消えていてと。僕と炎龍とルガとメリフェス4人パーティでねダンジョン攻略した。」 「どの階層まで行かれましたの?」 「ふふっ。100層にある光龍の別荘まで。」 「何層までございますの?」 「知らない。光龍には100層までにしときなさいって言われたから。 邪龍の息子ルガは、竜の血の方が濃いのに怖がりで、ギャアギャア騒いでいたよ。メリフェスはエルフの血が濃いけど、竜らしい精神をしてるし、魔術が得意だから、ダンジョンモンスターを捕まえては解剖していたよ。ふふっ。2人とも面白いよ。」 「メリフェス殿は、魔術が得意ですのに……捕らえられてしまったのですか?」 「うん。なんか、メリフェスが言うには、知り合いから綺麗な黒楼石のペンダント貰ったらしく。メリフェス、黒楼石が好きなんだよね。でね、それを付けてから、魔力がゴッソリ抜かれた感じがしたんだって。で、ヤバイって外そうとしたんだけど、隙をついて幻術をかけられた。って言っていたよ。」 「余程……ご信頼された相手でしたのね。」 「だろうね。メリフェスの元護衛をやっていた奴だから。」 適当に風龍と話てる間に、私が感知した場所の映像が画面に写し出された。大きな雫型の空間とそこに繋がる道は上や横に迷路のように伸びていた。その様子を見つめ私は軽く目を見開き、バッと顔を上げ風龍をマジマジと見つめてしまう。風龍は精霊達と戯れながら、目を細め此方を見つめていた。 なんでいきなり、私が興味のカケラも持たない光龍のダンジョン、それもダンジョンモンスターについて詳しく語ってるのか不思議ではあったが、雑談の一つだと思っていた。だから聞き流しつつも質問を重ねたのだ。 違う…違うのだ、この、私の目の前に居る、美しき龍人は、私が天井を探る前から、その上にある異物をその正体すら理解していたのだ。だからこそ、私が興味ないダンジョンモンスターの話を態々重ね、彼は、私が気付くのを待ち、面白そうに此方を見つめ微笑んでいる。 「なぁに?マリー何を見つけたの?」 まるで身体中から笑いが溢れるような、至極愉快だと言いたげな表情で此方を見つめ問い掛ける風龍に、私はヤケクソのような気持ちが荒やんだされど作りきった笑みを返した。 「……不愉快だわ。」 一言だけ返し、自身で浮遊を纏う、ピーと口笛を吹けば、ザックの砂竜が、降下から此方に向かってくるのを視界に捉え、緊急事態通信のタグを指先で苛立ちのまま叩いた。 「緊急事態発生、地下都市ラクロ及び地下都市巨大農園ラマンの地上付近に居る黒狼隊に告げる。地中内にアントの巨大巣を発見。座標はわたくしの送信を確認せよ。近くにいるギルド員及び軍人を巻き込み討伐及び殲滅を。座標には、5つの異物感知をした場所が記載されている。一つはアント巨大巣、残り4つは不明である。 また、アント自体が亜種な可能性があり、討伐後、クイーンアント種の死骸は丁寧に処理をし、必ず、保管処理する事。亜種の場合、通常アント討伐とは違いその強さは未知である。故に必ず中隊を組み事に当たるように。 地中内に魔物暴動が発生した場合、地下都市は沈む。故に、地盤の下には貴き命の営みがある事を、努努忘れず、職務を全うして下さるとわたくしは信じております。 わたくしマリーは、コレより、地下都市天井地盤の強化に入ります。」 緊急報を全隊員に繋げ流し、天井を鋭く見つめる。バサリバサリと翼を羽ばたかせる砂竜に乗り込み、地の強化に必要な魔術を脳裏に思い浮かべる。 愉快気な様子を隠しもせずに、此方を見つめクスクス笑う風龍はこの際無視だ。風龍は、先程言った。ユグドラシル様を2度失いたくないと。彼からすれば、人族は、恐らく、救いに値する者達では無い。それでも、私に、態々逢いに来て、この場所に導いたのは、私を試している。精霊巫女、それもユグドラシル様の護り人である私を、その価値があるのか試している。 ぐっと手を握ると手が震えてしまう。喚き怒鳴り散らしたい程の憤懣が怒りの情が内心膨れるのを、深く息を吸い込み細く吐き出してやり過ごす。 私は、彼ら龍人に護って欲しくて、今、生きて居る訳じゃない。彼らに、ユグドラシル様の護り人だと認めさせたいから、こんな必死になってる訳じゃない。……桃源郷を取り戻したいのは、私をずっと見守ってくれた小さな精霊達に恩返しがしたいからだ。だから、彼らがユグドラシル様の武力だろうがなんだろうが、私にはどうでも良いのよ。 体内に刻む魔法陣は既に外している。素早く、自身に不可視魔術符を貼り付け、両手を真っ直ぐに上げ掌を天井に向けた。 空中には、亜空間から取り出した無数の魔石と無数の魔法陣。大地属性及び光属性を融合させ紡ぎだすは、天井を支える為の防御結界だ。 連なる魔法陣の接続部位に魔石を打ち込んで 『この地を巡りし精霊達よ、古来より地を護りし精霊達よ、我が盟約に於いて、この地を護りし御御手を紡ぎ光の加護を与えたまえ。』       小さく小さく詠唱を紡ぎだした。
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