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プルフラス殿の寝所を後にし、裏口から遊郭を出れば、ベス曰く、ベスの可愛い鳥達が、そこに立っていた。リリーを視界に入れるとホッとした表情を浮かべる。
「如何でしたか?」
代表したかのように、ベスの右腕である胡蝶が口を開く。その瞳には心配の色が濃かった。緩く首を横に振り、後を振り返る。比較的小さな歓楽街ラクロの主が治める遊郭の紅く塗装された建屋が、魔法灯の光りを含み、煌々と輝いていた。
「心配無用ですわ。ただ……プルフラス殿に監視を付けねばならない……しかし…ベスの糸はバレバレのようよ。……彼のおもちゃ箱は、頑丈に鍵がかけられているようだから。」
目を細め建屋を見つめ、リリーは小さく息を吐き出した。どうにも裏社会の人間は、皆、一癖も二癖もある。態々、潜り込んだ鳥の存在を知ってると伝えて来た。そんな事をすれば、監視が強化されると理解しているだろうに。
「魔導具は、プルフラス殿の作成された物ではないと思われます。それは真であると感じました。ならば、付加させる事、偽装技術に長けたものが、行ったと考えるのが妥当。わたくしは、トバイデン殿の捜索を中止し、この地の裏社会で、付与呪符師として有名な変人を捜索するわ。アレなら、それなりに情報を持っているでしょう。なんたってジョーカーの自称友人なのだから。貴女達は、ベスに連絡を入れ、己の籠に戻って構わないわ。」
鳥達に指示を出し、遊郭から視線を外し、天を仰ぐ。地下都市の天井地盤には、日が昇る薄紫色が映し出され、朝を迎える準備をしている。
巨大な穴蔵の一角でしかないこの地でも、貴き日常はあるのだと、当たり前な感想を心内に持ちながら、リリーは、契約魔族を呼び出した。
天使族が持つ御立派な翼をはやした中性的であり美麗な魔族は満面の笑みを浮かべ現れた。満足そうなルシファーを見つめニッコリ微笑めば、ルシファーは目を面白そうに細めた。
「さて、ルシファー。存分に遊んだでしょう?いい加減、スタンや姫様を揶揄ってないで、わたくしのお仕事をきっちり遂行して頂戴。貴方が、わたくしと契約をした理由を忘れないでね。」
「忘れてないよ〜。良いよ!!沢山遊んだから、リリーの頼みを聞いてあげよう。この地に潜る付与術師を見つけてくればいいんだね?」
「えぇ。そうよ。私は、裏市場を見てくるわ。そこで売られている媚薬等の違法薬物を調査してくるわ。」
「ふ〜ん。1人で行くの?」
「いいえ。貴方以外にも私には契約魔族がそれなりに居るよ。」
「ふふっ識ってる。じゃあ僕は行くね〜ん。」
ヒラヒラと手を振り消えたルシファーを見送り、他の魔族を呼び出す。リランは、私にそろそろ最終手段を利用しろと言ったけど、今使うのは時期ではない。恐らく他に利用しなければならない時期が来ると思っている。その根拠は?と聞かれたら困るのだが……。
前世とか言ってる黒狼隊の者達は、酷く深くカイン皇太子殿下とユリアンナ大公令嬢を警戒し嫌悪していた。理由を聞いても誰もが口を閉ざす。リリーの一族の事を持ち出してまで、話すのを拒否したのは、比較的穏やかなカイトだった。
『君達の一族は皇族の影だ。あの時の状況を話して、誰かから、僕らが警戒してる理由が、カイン皇太子殿下に漏れるのは非常に困るんだ。だから俺は言わないよ。』
厳しい表情と冷淡に言い募る様子は、カイトらしくなくリリーは内心驚いていた。
侯爵家四男であるカイトは、育ちの良さが端々に現れる。あの男女王子殿下が友だ、そう言い切る程、公平で爽やかでいて情が深い人間なのだ。双子のカガリは脳筋に近い魔導技工馬鹿だけど、アレは、意外と切り捨てるのも早いのだ。線引きがキッチリしているドライな性質を持つ。バランスが良い兄弟だ。
その二人が同じ顔で、同じ表情で、言い切った。
『皇都関連で、姫様の最大の敵はカイン皇太子殿下とユリアンナ大公令嬢である。あのお二人が、どんなに前世と違う行動や性格をしようと、どんなに彼らが姫様に好意的であろうと自分達は最大の警戒をする。どんなに殊勝な態度を示したとしても、自分達はお二人が姫様になさった非道外道の仕打ちを忘れれない。アレは一種の狂気だった。現世と今世は違う、そうかもしれない。だが、彼らには、色々なモノが寄り付くだろう。なにが起きるかなど誰にも解らない。だから、自分達は、最大級に警戒するんだ。2度同じ失敗はしないその為に。』
別々に尋ねたのに、同じ内容を呟く二人の表情は、深い哀しみと悔恨と憎しみが現れていた。
内容は何も聞いていない。しかし、黒狼隊に所属する者が其処まで言い切るのならば、想像でしかないが、姫様は嵌められ重罪人として裁かれたのではないかとそう思う。それも恐らく、女性重罪人の中で一番キツイ刑が執行されたのではないか、そして、それを主導されたのがカイン皇太子殿下なのかもしれない。
呼び出しに答えた魔族は、アメイモン、悪魔族の中で四大魔王の一角、地を司る魔王である。サタンは魔族魔王を統べる魔界の王である為、四大魔王とは別格の地位にいる。
ビロードのような緑色の髪を撫でつけ後ろに流し清潔感がある。髪と同色の瞳、漆黒の執事服を見に纏う彼は、スラリとした体型を持ち、造形は整っていて若干垂れ目であり、常に浮かぶ穏やかな微笑みが柔らかさを演出する。
前回現れた時は、何処の貴族か?と聞きたくなる程の正装で現れたが、今回は執事で通すようだ。ストンと地に足をつけた瞬間、恭しく礼をしたのだから。
「お呼びでしょうか…マイロード。」
芝居掛かったアマイモンに対し、リリーは苦笑いを浮かべた。芝居掛かったアマイモンは、何を言ってもその芝居を辞める事はない。
「えぇ。わたくしと同行し、裏市場の商品の調査を……そうね、貴方、護衛件執事であるのだから、わたくしの護衛を兼ねて頂戴。」
ゆっくりと身体を戻し、ニッコリ微笑んだアマイモンが返事をするのを見届け、リリーは、煌びやかな遊郭に背を向けた。浮遊を纏い屋根を駆け抜ける。
アンダーグラウンドの中でも更に深いダークシティーは久々に訪れる。幾らリリーがそれなりに強いとしても、流石に一人で潜るのは危険な場所だ。それでも、魔族を一人連れていれば充分だった。
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「……コレを降りたんだろうか?」
眼下にポカリと空く巨大な穴を見つめ、アトラは首を傾げた。黒々とした闇が広がるそれは、何処まで続くのか想像つかない底無し沼のようだ。
隣で、アトラと一緒に屈み穴を見下ろすハウルゼス卿……アトラからすれば熊は、顎を撫でながら同じように首を捻った。
「だろうな。降りるか。」
早々に浮遊を纏い、ストンと穴に落ちてく巨体を見送り、アトラは、亜空間からカイト作、蛍型魔灯を取り出し、巨大な穴の入り口下側にグルリと投げつけ設置する。淡い光りが少し暗闇を優しくする様子を見てから、浮遊を纏い、同じ工程を1メートル置きに繰り返しながら降りて行く。廃ダンジョン探査に大いに利用したらしいこの魔灯は、カイトが量産したらしいが、今は、ポピット族達がコツコツと大量生産していると聞いている。確かに、色々と便利な魔導具だと思う。家庭用品にも利用出来そうだよな。とぼんやり考えながら同じ作業を繰り返した。
早々に、降りたハウルゼス卿の姿は、見えないので、既に、底に着いているだろうが、恐らく目印をつけて先に行っているはずだ。淡々と同じ事を数十回繰り返した先に、やっと底が見え、アトラは静かに足を置いた。
グルリと見渡せば、青色の光がランダムに置いてある方向がある。恐らくハウルゼス卿が目印に利用した目灯だと辺りをつけてから、アトラは、自身から円状に感知魔術を発動させ、亜空間から、カガリより試作品として渡されている鑑定魔導具を取り出し魔力を流してから上に投げた。魔導具から発生する大量の細いレーザーのような光りが360度に動き回る。光りが届く場所にある物を全て鑑定する魔導具らしい。
腕に付けた魔導通信機に触れ、映像画面を呼び出し、そこに表示される鑑定結果を読み込んでいく。余り細かい鑑定結果は出ないが、種類や名前が浮かぶので、知らない名前があれば、通信機内の機能である辞典で検索すれば良い。
鑑定結果に並ぶ名前は、なんとも物騒な毒属性のものばかりであり、アトラは、早々に亜空間から、浄化クリスタルを取り出し、空中に乱雑に放った。一輪では大した毒性を所持していなくても、大量に生息していれば厄介な物達である。浄化クリスタルが創り出した浄化空間に進み、空間の中で、先程と同じく、蛍型魔灯を床に等間隔で放ちながら、目灯を追いかけていく。アトラが動けば、鑑定魔導具も追従するように動くので、映像には鑑定結果が常に上がっていた。浄化クリスタルを足しながら歩いた先には左右に分かれた分岐点が現れた。
青い光は左側に向かっている。ならば自分は右に行くべきだよな……。と呑気に思いながら右手に身体の向きを変える。分岐点にはランタン型魔導灯を比較的高い位置に設置させ、アトラは先を目指した。
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