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同じ作業を繰り返す遥か先で、アトラが展開させた感知魔術に引っかかる物がある。複数の良く知る魔力と相対するのは大量の魔物の気配。
「アント……ソルジャーアントか?」
魔力質は間違いなくソルジャーアントだが、その大きさが異常であり数も大量である。魔物暴動が起きたのか?と一瞬眉を顰め、アトラは、唇を噛み締めた。遥か前方の為距離がかなりある。ならば……と、体内に刻む様々な制御・抑制を全て外し、自身の心臓に刻む種族魔力の封印を切る。バサリと背中に生えた淡いブルーと紫の色を含む翼には、勢い良く神気が巡るのを感じるのと同時に足元が地面から離れた。
ドクリドクリと鼓動を強く刻むような翼が、バサリと強く羽ばたく事に、些か思う所もあるのだが、前方に目掛け右手を真っ直ぐに上げ、捉えたソルジャーアント達をロックオンすると、掌に神力の塊を創り出した。
『大気に漂し聖なる精霊よ、流れし息吹き、巡りし水、天より降り注ぐ光、盟約の言葉により、汝らの刃、我が手に集まりて、我が前にある敵を討て…レイバースト』
詠唱と共に、凝縮された神力が矢の如く放たれていく。瞬きを一つすると、前方で太陽のような光が爆破し放たれ、悍しい程の魔物の断末魔の叫び声が響いた。また一つ瞬きすると、ドサリと大量の魔物が地面に崩れ落ちた震度で洞窟内が、波立つように揺れていた。
「……うん。大丈夫かな……バース班。」
いや大丈夫だよな……恐らくバース達だと思うし、今放ったのは魔物にしか効かないハズだし、その為に、態々、聖魔法を混ぜた訳だし、うん。大丈夫、大丈夫。うんうん。と自分に言い聞かせるように何度も頷きながら、背中の翼を飛散させ、もう一度、心臓に封印を施した。
他の制御系は外したままにしよう、そうしよう。
展開させていた感知魔術を前方に集中させ放てば、彼方は、アトラが放った魔術から炙れた比較的弱いアントを狩ってる様子である。コレなら大丈夫そうだと結論付けた所で、先程と同じ作業をしながら、バース班だろうと思われる塊に向かって歩きだした。
感知魔術の範囲を拡大させ、他にイレギュラーが起きないか警戒しつつ進んだ先には、バースが死にそうな表情で地面に腰掛け、周りの隊員達は、恐らく、気を失って倒れてるのが解る。
「お〜。死にそうだぁ。大丈夫かぁ?」
声を掛けながらバースに魔力回復ポーションと体力回復ポーションを投げ渡し、倒れた隊員達は1人1人治癒と回復魔術を掛ける。目を醒さないが、ある程度治り回復したのを見届け、山のように倒れた巨体ソルジャーアントの死骸を見つめた。
「……臭いがしないな。大体、アントには強烈な臭いを放つ粘液があるハズだけど。」
「しないな。粘液の代わりなのか妙な樹液のような糸を口から放っていた。恐らく亜種だ。そもそも、ソルジャーアントがこんなに大きくなる訳ない。通常のクイーンアントの2倍はあるぞ。」
「確かに。こんだけデカいのは、ダンジョンでも出逢わない。なんでこんな場所で亜種が現れる?ここ天然の洞窟だろ?」
「そこよ、そこ、俺はさ、放火犯を追っていた訳なんですがぁ、其奴につけた発信機の信号が、此処で消えたのよ。……嫌な予感しない?この大量のアントの腹から、其奴の一部が出てきたらさ、放火犯が誰と繋がるかわからないでしょ?」
「んン〜……。こんな大量のアントに襲われたら、そりゃ……ねぇ。しかし、タイミング良すぎるな。バースが追いつく気配を感じながら必死に逃げた相手が、偶々、亜種のアントの群れに会うとか……シュール過ぎない??それもソルジャーアントがいるならクイーンアントもいるだろう?何処にいるのさ。俺の感知魔術にそれっぽい引っ掛かりはないんだよね。」
「じゃあなにか。アトラは人為的に起こったと言いたいわけかな。」
ポーションを飲み干し手を合わせ魔力循環を行いながらバースは、懐疑的に片眉を跳ねさせ、アトラを見上げた。あり得ないと思いながらも思う所があるのか、視線をアトラから外しアントの大量死骸に移す。眉間に深く皺が寄っていく感じは、アントの大量発生に於ける予測出来る最悪の事態が脳裏に浮かんでいるのだろう。
「人為的かはわからないけど……亜種のアントがコレだけ育った理由があると思うよ。クイーンアントは潰さないと…地上の地下都市に溢れ出した場合、抵抗力の無い一般市民・低級ギルド員とかは、一瞬で飲み込まれ、地下都市がアントの巣に成りかねないよね。
だから、俺らは、一旦任務を置いといて、魔物狩りだ。天然の洞窟が天然の魔窟になるのは非常に困る。魔物暴動が起きる可能性が高いし。ダンジョンならダンジョンから溢れ出る事は無いから、ある意味檻の中なんだよな、ダンジョン内部って。最悪、ダンジョン化出来ないか検証し、停止中ダンジョンコアを持ち込み活動させなきゃならん。」
「停止中ダンジョンコアの再利用なんて出来るの?」
「あぁ。魔族の魔王クラスに頼むんだよ。地界の住人には、そんな事出来ないけどね。」
「だよな。ダンジョンコアにしろダンジョンにしろその存在の検証はなかなか進まないよね。」
どっこいしょと立ち上がったバースは、自分の隊員達のもとへ歩き亜空間からテントを取り出すとその中に押し入れた。魔導通信機でカガリに連絡を入れ、医療テントに負傷した隊員を押し込んだ事を伝え、通信を切りテントを亜空間に仕舞い込んだ。一連の流れを黙って見ていたアトラは、亜空間から調査魔導機の一つ仔犬型魔導機を取り出し放つ。カガリとカイトが作り出した動物を模写したそれは、身体が入る場所ならどこまでも潜り調査をしてくる優秀な魔導機だ。
「カガリやカイトがポピット族・ドワーフ族と創り出す魔導具や、テントもかなり不思議だけどね。」
「だな。テントさぁ色々種類あるじゃんか。アレさ、ピルジャの屋敷の地下の層の一つ丸々テント用にしてるらしいよ。だから、隊員達に渡す物、姫様に渡す物は少し違うんだって。
隊員達には、内部がコテージ・ペンション・医務室とか色々と繋がる様に作られているらしい。と言っても、俺は、テントについてる布の色で何処に繋がるテントか覚えてるくらいだから、あんま種類は持ってないけどね。
特に異空間に部屋を作ってる訳じゃなくて、実際にある部屋に繋げてるらしいよ。但し、外部からその部屋に繋いだ場合、外部からの接続が切れるまで、その建屋がある本来の層のその建屋からその外には出れないし、入れないんだって。
事細かいシステムは、一回説明聞いたけど、いまいち良く解らんかったよ。諜報班は、テンション上げて、カガリやカイトと討論していたけどね。」
「へぇ……。離島組もなかなか色々と魔導具やら魔導機やら創り出しているけど、時空間が混ざる物は、カガリ達には勝てないって嘆いていたな。」
「あ……カガリ達ってかポピット族とドワーフ族が関わるからな……亜人族の技術って凄いよね。特に付与関連は、人族とは解釈が違うから、カガリ達は発狂しながら嬉々として亜人族達と一緒に色々創り出してるよ。最近は、家具職人の屋敷妖精とかさ、多種多様の種族が関わってるから、いつの間にか、魔導工場の層は独立した一つの層になっていてさ、色んな工場が出来てる。ピルジャの屋敷の地下は、簡素な街だね。亜人族達は自分達の里にも住んでるんだけど、最近は、技術系の亜人族に限ってだけど地下層に住んでるよ。
人族が住む層に遊びに行ったりするから、カガリが新たに、どの種族も楽しめる遊戯場の層を作るって言っていたよ。姫様は、途中からもう放置でさ、カガリ達の好きにしたら?って仰ってた。あぁ……そういえば、炎龍の層も出来ていたなぁ。火山がある層なんだけど、炎龍が、カガリに強請って、一緒に随分込んだダンジョンみたいな層を作り出していたな。」
「とゆうか、もうダンジョンじゃない、その感じだとさ。」
「俺もそう思う。カガリが言うには、ダンジョンコアの機能を有する魔導版をヴィヴィ様が創り出したらしい。余りにも複雑な構造で、調べるのを止めたって言ってたよ。」
「姫様は、北部に腰を落ち着かせるつもりなのか?」
「さぁ、どうだろうね。ただ、あの屋敷を放置する事はないと思うよ。亜人族はピルジャの森は安全だと感じながらも、何処かでずっと不安だったみたいでね。あの屋敷ならさ、本当に安心出来るって喜んでるし、何かあった時、森に住む亜人族の避難場所に指定されてるしね。」
「そう言えば、ピルジャの森は、妖精の森のような聖なる気で満ち始めたと耳にした。」
「あぁ。トレント族の長がいるからか、その側に木属性・地属性の妖精や精霊が集まって集落を形成してるそうだよ。まぁ……姫様の存在が大きいみたいだけど、トレント族の長は、集まる聖なる気に当てられ精霊樹に進化しそうらしいし、あの森凄いよね。」
雑談を重ねながら、アントの死骸を亜空間に仕舞い込み、2人は並んで洞窟の奥へ奥へと進んでいく。アトラはずっと同じ作業を繰り返していたが、バースも、亜空間から魔導具を取り出し、洞窟の壁に等間隔で魔導具を投げつけていた。壁に付くと淡く光を放つ魔導具に、アトラは、魔灯の作業を止め、光源確保はバースに託す事にした。
「凄いとゆうか…なんとゆうか……あそこ地龍の巣が近いだろ?色々と大丈夫なのか?」
「あぁ。なんか森自体は興味ないらしい。好きにしたら?って言ってたよ。ヴィヴィ様が、今は、地龍と一緒に住んでるし、ヴィヴィ様さえ側にいるならなんでも良いって。」
「……とゆうか、二股に別れるな。別れて捜索しても良いけど……。出来れば一緒に捜査すべきだよね。」
どん詰まりの場所で足を止め、ランタン型魔法灯を上に付け、左右を見比べる。どちらにも魔物の反応がある為、腕を組み首を捻った。感知に引っかかる魔物は、左側は各種アント、右側はウォーグ・ゴブリン・スライムなどが居る。
どちらも殲滅は必至であるが、二手に別れるのは避けたい。どーするかな。と悩んでいると、背後から暑苦しい気配が二つ現れた。
「お〜。合流出来たか良かった良かった。」
呑気に声を掛けてきたハウルゼス卿に、アトラは軽く手を上げ、そのまま右側を刺した。
「お前は俺とコッチ。ハイデッカーはバースとアッチ。オーケー?」
勝手に人員を決め伝えれば、2人は抑揚と頷き了承し、バースは顔を顰め渋々と了承した。二手に別れ、今度はハウルゼス卿と会話を重ねながら、アトラは奥へ奥へと向かっていく。時間の感覚がない為、既に、1日が過ぎた事には全く気付かずに過ごしていた。
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アトラ達が、アントを討伐し、予定変更し、洞窟内魔物殲滅に舵を切った頃、リリーは、ダークシティーに潜り、マリアンヌは、全ての大門を浄化し強化した所だった。
最後の黄大門の浄化を終え、結晶石に魔力を流せば、全ての大門が淡く光り、地下都市を半円型に囲む結界が引かれた。
その様子に、ホッと息を吐き出し、行儀悪くも祭壇の階段を利用し座り込む。隣にはフェンリルが大型犬の大きさに変化し、マリアンヌの身体を支えてくれた。それに御礼を伝え、魔導通信機に上がる報告を読み込む。
地上部隊は、しっかり中隊を成し、5つの点に繋がる場所を探し出し、討伐に駆り出ているようだった。意外な事に、ギルドからは、雷帝・炎帝・光帝・水帝・闇帝が各中隊に配置されている。どうやらギルドとしても由々しき事態だと判断したみたいだ。
自然発生したともダンジョンとも思えない場所で生息する巨大な魔物の巣。前例のない事態に、ギルドとしては、しっかり原因を突き止めたいとの事だ。
仮に、天井地盤が崩落しようと、被害は、限りなく低くなるように、マリアンヌは対処したつもりだが、どうにも、不安が胸に宿る。
「冥府の呪いは、この地と皇都のみなのかしら…。とゆうか、何故、そんな古い呪いを試したのかしら。」
ポツリと呟きながら、マリアンヌが覚えている前世の事故や事件を思い浮かべる。大きな事件や事故なら覚えているが、この西部の事は覚えていなかった。忘却してる記憶は、恐らく、起きるか起きないか曖昧な事なのでは……。と思いながらも、では、メルーシャ大サーカス団の事件は何故脳裏に直ぐ浮かんだのか。矛盾を感じつつ……。ふと、スタンからメルーシャ大サーカス団の事件では、行方不明者が居ると報告があった事を思い出した。
「行方不明者……。」
何故、今、それを思い出したのだろう。今まで上がってる魔導通信機の報告を読み返し、熟考する。
更に、ペナン港の報告書を呼び出し読み込んでいく。行方不明者は18人。その殆どが、子供であり男の子。年齢は10歳〜12歳。中には、1年後に発見保護された子供がいるが、不思議な事に、消えていた1年間の記憶がない。そして皆まず言う事がある。
「サーカスはいつ見に行くの?早く行こうよ!始まっちゃうよ!」
その事から、子供達の記憶喪失は、サーカスを観に行く数刻前からである。
この報告が来た時は、ガイノス叔父上から、調査に関して自分が引き受け対処する旨も一緒に記入されていた為、そのままにした。
子供とは無垢だ。その身に宿す魔臓器管も如何様にも強化出来る。例えば、強い毒性に対し耐毒を身につける事も出来る。しかし、その場合は、耐毒を身につける過程で、毒で死ぬ可能性もある。
10〜12歳とは、魔臓器管が著しく変化をし、体内魔力に馴染む歳だと、ドリスタ帝国では言われている。だから、12歳で魔力測定をする。
そうなんだけど……。ユーラシア王国の場合は、6歳で魔力測定をし7歳で召喚獣を召喚する。
国が違えば基準は違う。ペプル嬢は、国により魔臓器は違うし魔証紋を象る魔力も違うと言っていた。だから、国により、得意分野は違うのだと。
古代ハイエルフなどは、身体そのものが魔臓器管と言える為、魔術や魔法に特化している。今、生息するハイエルフは、古代ハイエルフほど、身体そのものが魔臓器管とは言えない。そう聞いている。
「……男の子だけが行方不明になるなどあり得ないわね……。」
そう思うと、恐らく選ばれて誘拐されたのだろうと予測がつく。ガイノス叔父上は、だから私が関わらない様にされたのだとも。
何かが引っかかるが、どんなに考えても、行方不明事件と冥府の呪いに、どんな繋がりがあるかなど、全く解らない。だけど、、、気持ち悪い不快感は共通しているのだ。
ふぅ〜。と息を吐き出せば、隣に座るフェンリルが、喉を鳴らした。
『マリアンヌ、つぎはどうする?』
ペロペロと前足を舐めながらフェンリル殿に聞かれ、マリアンヌは、首を傾げた。アビ達が心配してる気もするんだけど……。上空に浮かぶ半円型の結界に視線を上げ、目を細める。
「アビ達には悪いけど、ラマンの果てにある聖堂エリアに行きましょう。確か、タンライトとの境界線の近くにあるのよ。小さな小さな聖堂だけど、聖堂教会とは縁が薄い、地元の聖堂なんですって。」
立ち上がりフェンリルを見下ろし微笑めば、のっしりと身体を起こしたフェンリルは、元の大きさに戻りマリアンヌを背中に導いた。フェンリルの背中に乗り上げ、近くにいる砂竜に、アビ達の元に戻るように伝える。若干渋る砂竜にフェンリルが一緒にくるから小さくなれと伝えれば、砂竜は、その身を手のひらに乗るくらいの姿に変え、マリアンヌの肩に留まった。
『では、行こうか。』
フェンリルは言葉と共に空を駆け出した。
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