大蛇の吐息

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地面に降り立つと同時に、フェンリル殿は仔犬に変化し、私の肩に乗り込んだ。片方には仔犬、片方には竜を乗せてる現状に、不可視魔術符を貼り付けといて良かったなぁ……と若干視線が遠くなる。どうせなら断絶を付けようと、胸元から真っ新な呪符を取り出し、指先に魔力を纏いサラサラと書きあげお腹ら辺にぺたりと貼り付ける。準備が出来た所で、小さな聖堂の裏口へと回った。 簡素な木造作りの聖堂は、奥側に突塔と鐘塔がある。細く長く三角尖った塔の造りは、昔からある聖堂の突塔の造りだ。今は、煙突形の頂上が半円型をする突塔と鐘塔が主流である。その事から、こちらの聖堂は歴史が古い事がよくわかるの。 外壁の横側にある色ガラスを組み合わせたステンドグラスの窓は、様々な柄があるのだけれど、一つ置きに、女神の画像が美しく描き出されていた。外から見る私でも美しいと感じるのだから、内部から見ればさぞかし神々しいだろう。 小さな古い聖堂の意外な程丁寧な造りに感心していると、私の頬をペロリとフェンリル殿が舐めた。くすぐったい感触に身体を捻り横目に其方を見ればフェンリル殿は、クイっと顎を一つのステンドグラスの窓を示された。其方に視線を向けて、私は、軽く目を見開いたの。 美しく描き出されているのは女神の一角。 「地母神イシュタル…いや…天界の女王イシュタルかしら?」 裏側からの姿だから曖昧になるけれど、豊かな長い髪と身体に巻きつく蛇と横顔の頭には二つの角。伏せられた瞳が紅のであれば、天界の女王イシュタル。伏せられた瞳が黄金であれば地母神イシュタル。のハズ……。曖昧になるのは二つとも別の国の女神様なのだ。 『イシュタル……。愛と戦いと豊穣の女神。マリアンヌに馴染み深いのはアフロディーテだろう。』 「えぇ。そうですわね。イシュタルはどちらかと言えばラケニスの聖書に深く関わりますわね。」 『人族には多々神々が登場するからな。アレは北大陸側の伝承であろう。 本来、イシュタルとは、世界樹の樹から生まれでた、地母神なのだよ。天界の神では無く、地界の神なのだ。』 「まぁ!!神々を生み出すなど世界樹ユグドラシル様には、そのような御御手がございますの?」 『いいや、違う。世界樹ユグドラシル様が、地界に芽吹かれる時、御身に神々の種を、創造主が埋め込んだのさ。大地を安定させるには、直接、神を地界に溶け込ませようとね。』 「溶け込ませる??」 不思議な言い回しに首を捻る。神々が誕生するのであれば、どっかの神殿にでも聖檀を作り、そこに住うのではないのかしら?と不思議に思いながら、そっと、イシュタルの描き出されたステンドグラスに近付いた。裏側からみても、イシュタルは立体的に浮き出るように描き出されている。腕の良いガラス師の仕事に感心しながらも、なんでまた、こんな辺鄙な場所の、それも小さな聖堂が、ここまで素晴らしい仕事をなさるガラス師を呼べたのか……非常に不思議だった。 『そうだよ。溶け込ませるんだ、地に。その身を鎮め…大地と融合するのだよ。』 何故か、ふふんと得意げな雰囲気を醸し出す仔犬のフェンリル殿は、パタパタと尻尾が忙しく揺れている。どうやら、先程から、いちいち私が反応を返すのが楽しい様子だ。 「……融合‥…。」 『そう。融合する、地に還り、地を護り、地を巡らせる。地母神とは、母なる大地そのものを指すのだよ。』 フェンリル殿の説明を脳裏で反芻させ、じっくりとイシュタルを見つめる。母なる大地、そのものなのだとしたら、何故彼女は、蛇に巻き付かれ、手には藁束と十六芒星が刻まれた王冠を持つのだろうか……。う〜ん……。腕を組み、深く熟考する。各地の伝承が脳裏に浮かんでは消えゆくの。 そもそもだ。神話に登場する、蛇とは、国により母なる地母神を司る生き物でも在れば、毒を含み相手につけ込む邪神とも呼ばれる存在なのよね……。 ふと、イシュタルから二つ隣に描かれている姿を捉え、其方に足を進める。裸体で大蛇に巻き付かれ、どこか悦惚とした表情をした女性。後ろからの姿なのに解るのは、こちらを振り仰いでいるからだ。 「アルダト・リリー。確か……ラケニス聖書では、雷の精霊であり、大気と風に由来し、夜を司る悪鬼とも悪霊とも呼ばれる存在よね。しかも、彼女も大蛇に巻き付かれている。何故、女神と同等に描かれてるのかしら?」 我がドリスタ帝国で有名な聖堂教会の聖書内では、彼女は、初めの女・裏切りの女・悪魔王の妻として有名だわ。 色々とチグハグな女神達の姿、されど共通するのは、その身の近くに『蛇』を従えている事だ。とゆうことは、この聖堂は『蛇』を祀る聖堂って事かしら?色々疑問を持ちながら、辿り着いた聖堂表口には、薔薇窓であるステンドグラスを貼った円状窓が、入り口の扉の上にある。その絵柄は、向かい合わせの双龍と2匹の真ん中には、宝珠と思われる物体。絵柄からして、この聖堂は、間違いなく我が国の国教とも呼べる聖堂教会に連なる聖堂だと解るわ。 そうなのよね……。色々キナ臭いけど、聖堂教会は、我が国の国教なのよね……。と言っても、皇家が関わるのは精霊に対する祈祷祭等であり、運営などは一切関わらない事になっている。そもそも、聖堂教会とは精霊信仰のシンボルなのよ。 今の聖堂教会は、強硬派と呼ばれる枢機卿や司祭やらが、辺境地の一部で、神聖都市を建設し神の御御手を、民に広く知らしめるとかなんとか言ってるのよ。北部に関してはバイトス教皇がいらしてから、強硬派に連なる司祭や神官や聖騎士等を、粉砕し、追い出したらしいけど……。とゆうか、密かに、オルガ神官を通してマリーの商会を介入させたのよね、バイトス教皇。今年の新年祈祷祭でお逢いした時『ゴミ掃除は、昨年の内に綺麗に出来ました。新しき年は、憂いなくまっさらに精霊様に感謝を捧げれます。……あくまで、ゴミ掃除に関してはマリアンヌ皇女殿下は関係ございませんよ。』って穏やかな笑みで言われたのよ。上手く、我が商会を利用されるもんだと感心したわ。 だから、聖堂教会の一部者達が、どおして、精霊信仰を愛し、精霊と自然と民と共に生きる。その理念を歪曲し、既得権益に執着するような欲深く業深い者達に変わってしまったのか不思議でしょうがないわ。だって、お掃除が終わった北部辺境地辺鄙区の祈りの魔力の浸透率は高いのよ。聖堂教会所属の神官や巫女達が、日々、真に祈りを捧げてる証拠だわ。だからこそ、実りも増え、民の生活は改善に向かっている。 あの状況を、目にすれば、初心に戻りそうなものなのに、そんな傾向は無い。寧ろ、ムルソー司祭の様に、無理を通そうとする者が居るのよね。いや、バイトス教皇も一時期は、非常に欲深い方だったらしいから、かの方は、彼らの気持ちは手に取るように解るのかしらね……。なんにしろ、、、 「入るの辞めとくべきかしら?」 小さく小さく、肩に乗る竜と仔犬に呟けば、2匹揃って頬をペロリと舐める。肯定してるのか否定してるのか判断に迷う。2匹とも何も言わないから、つい足を止めぼんやり扉を見つめてしまうわ。…………とゆうか、人の気配が一切しないのも不思議だわ。普通、聖堂って見習い神官や見習い巫女が数人は居て、掃除したり祈祷したりしてると思うのだけど、、、。散々悩んだ挙げく、私は、意を決して聖堂の扉に手をかけた。やはり見てみなきゃ何もわからないのだから。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「マーメイドの涙を探してる理由?」 ブラッドの部下から好奇心丸出しの瞳で尋ねられたザックは、管理室らしき場所の戸棚の資料を読み込みながら、其方を横目に捉えた。 どうも、ブラッドは単独行動をする事にしたらしく、程よく、この部下を遠ざけた気がする。ならば、放置して良いよな。と勝手に判断し、良いところまで読み込んでる資料に、視線を戻し、そこに記入された、ある人体実験の検証結果を確認する。 ヴィヴィが怒り任せに壊した施設は、狐人族の女性達が証言した通り様々な薬物・魔石・魔草・動物等々を掛け合わせ創り出した液体を、被験体に注入し、その耐性を調べている様子だ。 資料を読み込み解ったのは、実験は多岐に渡り枝分かれし、彼女達狐人族は、獣人の中でも選ばれた種族である事だ。元々、神力が強く出易い狐人族。しかし、女性は、人族より少し強いくらいであり、男性は、かなり強い力を持つ。実験体に男性ではなく女性が選ばれたのは、他の種族との掛け合わせにより、更に強い種族を創り出せるかの実験をしていたようだった。 下衆というか……外道というか……。非常に気分が悪い実験内容である。ピルジャの森に居る、ヴィヴィに助け出された狐人族達は、まだ、比較的、実験体として浅い者達だったようだ。だから、助け出せたのだろう。資料にある実験体の獣人達を、仮に、助け出されたのだとしたら……そこにある絵姿を見つめ、ザックは目を閉じた。 既に、獣人と言えぬ姿に変えられてしまった彼女達のその後が気になる。証拠だからと処分されたのか、それとも……実験を続ける為に逃げる時に帯同させ、未だ、このような実験を受けているのか。どちらも救いがない話だ。 読み込んだ資料を戸棚に戻し、隣の資料を手に持ち速読していく。此方は、人族に対しての実験結果だった。 獣人に対しての実験と内容はそう変わらないが、人種により、その過程が枝分かれしている。特に『聖母体ロジエ』と呼ばれる被検者は、その過程が過酷である。彼女達は、ゴブリンから始まり、様々な魔物・魔族・人族・獣人の精をその身に受け、子を成し、産み、また、その子も、様々な薬物や薬液を投与されている。 余りにも悲惨な実験に、ザックは息を呑んで読み込んでいた。そもそも、聖母体ロジエと呼ばれる人族は、孤児院から引き取る場合と奴隷市場で買う場合と誘拐等々で連れてくる場合があるようだ。共通しているのは、闇属性の魅了を宿す子供である事と体内内服保有魔力値が低い事だ。 魔臓器管がしっかり定まらない内から薬物を投与する事により、魔臓器管の質を原始の猿人族に近いモノに染め上げれたものを聖母体ロジエと呼んでいる。女性としての器官が、初潮を迎えた時から、実験は始まっている。まだ幼き少女と呼べる彼女達は、8割以上が実験の間に絶望と共にその命を散らしたようだった。 生き残った2割の少女の中でも、産み出した子に何かしら特化した能力が備わった者を、母神ロジエンナと呼んでるようだ。では、大した成果が挙げられなかった聖母体ロジエ達がどうなったのか……。処分の為、奴隷市場に流される事になっている。そこまで読み込み、ザックは、ギリリと奥歯を噛み締めた。 「腐ってる。」 どこまでも腐った実験に、ザックが唸るように呟けば、能天気なブラッドの部下は、此方が無視しているのに、ねぇなんで?なんで?と隣でギャアギャア騒いでる。それにイラッとしながら、読み込んだ資料を戸棚に乱暴に突っ込み、戸棚の中の資料を全て亜空間に仕舞い込んだ。コレは、しっかり検証し、逃げた奴らを見つけ出さなければならないし、しっかり潰し、この施設に繋がる者も全て吊し上げねばならない。 「マーメイドの涙を探してる理由か?マーメイドを乱獲する阿保を見つける為だ。」 イライラと適当に答え、隣の戸棚に移動する。そこにズラリと並ぶのは、実験に使用されたであろう、各種族の魔臓器を真空管に入れ、保存液に浸した瓶である。剥き出しの内臓器を見つめ、ブラッドの部下が、グエッとえずくのを、足蹴し、その戸棚自体を亜空間に仕舞った。 「それ回収して調べるんすか?」 イテテと言いながら起き上がったブラッドの部下に、ザックは一つ頷いた。 「……マリンテッタが、この実験施設と同じ実験がユーラシア大陸の何処かで起きてると予測される。と言ってたんだよ。」 「え〜。なんで解るんすか。」 「知らん。マリンテッタに聞け。つか、お前邪魔。さっさと隊に戻れや。」 管理室の壁にズラリと並ぶ戸棚の中身を次々と確認し、亜空間に仕舞い込む作業をするザックの横で、呑気に頭の後ろで手を組んで付いてくるブラッドの部下に、ウンザリしながら言えば、彼はヘラリと笑った。 「隊長から、退避命令でてるっす。ザックも早く退避して下さいね〜。」 それはそれは良い笑みを浮かべ、彼は入り口から出て行った。
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