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「退避命令ね……。」
ヘラヘラとした調子の良いブラッドの部下は、ブラッドの班の中では異色の存在だ。コレがトニーの班に配属されている者であれば、あそこの班は、バライティーに富む為納得出来るのだが……。そこまで思い、管理室をグルリと見渡す。使用されなくなった独特の埃が舞う室内は、戸棚や魔導具などが乱雑に配置されている。床や空中に埃が舞っているにしては、戸棚も魔導具も綺麗に残されていた。保護魔術を貼り付けられている訳では無いので、近い時期に、誰かがこの管理室に足を踏み入れたと考えるのが妥当だろう。
「面倒いな……。」
まだ確認出来てないモノの多さに嫌気が差し、どうせならこの場のモノ全て転送させよう。そう決めてから、ザックは、空中に転送魔法陣を描いた。離島諜報班の諜報ルームにある一室を指定させ魔術を発動し、諜報ルームの隊員に、押収品を転送した事とそれを調べてもらう事をお願いし、管理室を後にした。
感知魔術の範囲を広げれば、ブラッドの気配は、地下研究所施設の更に奥の先へと向かっている事に気付いた。何かを追っているのか、歩みが止まったり方向変換をしたりしている為、随分と進みが遅い様子に首を捻る。
大体、自分は、マーメイドの涙を追ってこんな場所に来たのであり、退避しろと言われても、痕跡すら掴んでいない現状では、土台無理な話である。さて……どうすべきだろうか?悩みつつ、ザックの足は、ブラッドの気配がする方向へと舵を切っていた。
腐れ縁とも言える自分の故郷出身であるギルド員の青年から得た情報は、マーメイドの涙を、この研究所施設の小間使いである商会が、裏市場で買い占めていた。と云う若干古い情報であり、それでも、現在起きているマーメイドの乱獲と、この研究所施設が無関係とは思えなかった。
先程、この実験施設のデータを読み込んで確信を強くした、間違いなく、マーメイドの乱獲は、実験の為であると。『人体実験』言葉にすれば簡単だが、下衆の極みと言える程、命を命として扱わぬ内容の実験である。マーメイドに関わるモノが使用されている痕跡は皆無ではあったが、リヴァイアサンの鱗を材料の一つとして利用しているモノがあった。
海神の怒りとも海の生ける神とも呼ばれるリヴァイアサンの鱗など、どうやって手に入れたのか。今現在、リヴァイアサンは、行方不明なのだ。
ブラッドの気配を追いかけ踏み入れたフロアーには、濃い緑の薫りと気配が充満していて、ザックは、マリーから貰った鑑定魔術を起動させ周りを見渡す。
川の流れのような流れを持ち部屋の奥へと向かう緑と樹々の気配、それを追いかければ、青々とした樹々が広がるエリアが現れた。
土の香りは余り無い割に、元気いっぱいの樹々の間を流れる気配を追いかけ足を向け、ふと樹々の根本に視線を向ければ、妖精の雫が埋め込まれている事に気付いた。
「エルフの創り出す結晶石??」
疑問が頭に霞むが、そのまま足を進めれば、途中から、エルフの魔力の気配が混ざり流れている場所が現れ、濁流の様に奥へと向かっている。その様子に、なるほど、ブラッドはコレに気付き退避命令を出したのか。と納得しながら、足を早める。森の護り人とも呼ばれ、比較的、穏やかであるが人族を嫌い、人里に降りる事が少ないエルフ族。実際、邪龍の奥方は、人族が居る場所に訪れる事は皆無であるし、ザックの番が人族と知った時は、嫌悪に顔を顰めていた。
森といえばエルフ、川といえばローレライ、海といえばマーメイド。この三種族は、自然と調和する種族である。広く見れば、妖精であり精霊であり小神族とも呼ばれる者達。そして、人族を基本的に苦手とする者達だ。
グルグルと脳裏に浮かぶ彼らの基本情報と、視界に入る鑑定結果、この研究所の存在が歪だとは解っていたが、何より可笑しいのは、何故、種族として、人族以上に魔術に長ける者や肉体が強い者や神力が強い者を、あっさりと捕獲出来てたのかだ。ザガン諸島の離島に住う亜人族達は、海賊を追い返しているし、彼らの側に生息するマーメイドは彼らに守られているが、その他で生息する比較的若いマーメイドの乱獲が相次いでいるのだ。海の妖精である彼女達を、彼女達のフィールドである場所で、人族が捕獲する事は、困難であるはずなのにだ。
光のない暗い廊下を進みながら、足裏に接する場所の感触が人工のモノから天然の剥き出しの土に変わるのを感じ、ザックは、亜空間から蛍型魔法灯を取り出し床の端と思われる場所に等間隔で打ち込んでいく。ブラッドが光源を使用しないのなら、恐らく、種族の姿に戻っているのだろうと予想し、ザックも制御魔術を半分ほど外した。このまま進めば間違いなく、禁忌の森エリアに侵入していくし、何より、魔素の質が濃くなっている。穴を掘ったのは間違いなく研究所だろうが……こんな奥深く、それも禁忌の森に隣接する様に、実験施設か捉えた者達を収納するような場所を創り出したのなら、その目的はなんなのか……。
「母神ロジエンナに関係するのか?」
ぼんやりと呟きながら、小さく息を吐き出した。恐らく、母神ロジエンナを探し出し見つけ出す事は、ユーラシア大陸で始まってるらしいこの研究所の実験施設を見つける以上に難しいだろう。そう予測すると、果たして、自分は、ヴィオレットから離れて良いものだろうか?と冷静になれば思ったりする。幾ら、古代龍に連なるイザークが付いていると言っても、彼女の存在は、マリアンヌとは又別で稀有なのだ。どうしたもんかと首を捻った所で、随分と先に、濃い熊人族の巨大な気を纏うブラッドの姿を捉えた。なんにしろ、まずは、ブラッドと合流し、この研究所の最奥にあるだろう場所を見つけ出さねばならないな。と気持ちを切り替え、トンと地面を蹴ると走り出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
観音開きの扉は、力を込めて押せば、キィー。と木が軋む音と共に軽やかに開いた。古い建屋にしては、滑らかな動きをする扉に、この聖堂が稼働している事を知らしめる。
外から入る擬似太陽の光を受けステンドグラスから差し込む色取り取りの光は、まるで万華鏡を思わせ、聖堂内を美しく神秘的に染め上げていた。高い天井は船底天井であり、繊細な花模様が施されている。
そっと足を中に進めると床板が軋む音がなる。それを耳に入れゆっくり身廊の中を奥へ奥へと進むけど、やはり、人の気配は無く、シーンと静寂が支配していた。
内陣と会堂の境界にある柵と段差で仕切られた奥には、こじんまりとした聖壇が鎮座し、その背後に背負うように貼られたステンドグラスの中心には蛇が巻きつかれた十字架が描き出されている。
柵の前で足を留め、聖壇とステンドグラスをじっくり見つめ、私は、祈るのを辞めといた。いつもであれば、必ず、聖壇がある場所では祈りを捧げる。
この美しい聖堂のその目的は、恐らく……邪教と言われた宗教を広げる為・布教の為に建設された施設であると思われる。ならば、私は、祈りを捧げる事は出来ない。その宗教の名を口にする事すら禁忌とされた宗教団体は、確か、闇帝の故郷で生まれた宗教だ。
それこそ、魔神を崇拝し世界の終焉を願い、全てを破壊し、新たな世界を創造し、その世界を統べるのは我々信徒である。そんな理念を掲げる宗教は、密やかに、貧しい貧民や一般民衆や有権者に不満がある者や若い世代に広まった終末思想の宗教団体だったはずだ。色々考え込んでいた私の背後から呆然とした声が聞こえたの。
「なぜ……こんなものがこの地に……。」
ぼんやりと感想めいた呟きが響き、そっと声の方へと視線を向ければ、民衆が好む羊毛のウールで出来たマントを着込み、フードを深く被るヒョロリとした男性が、ステンドグラスを見つめていた。顔も髪もその姿は全く判らないが、彼から私達は見えないと思うので、私は静かに沈黙を護って、彼の様子を観察した。
誰も居ないと思っているらしい男性は、ぶつぶつと呟いていた。その内容は、聞き取れるモノと聞き取れないモノがある。どうやら、闇帝と同じ国出身らしい彼は、人を探してる様子だ。
「……こんなもの存在してはならない。しかし、私は、この国の者ではない。破壊するのは越権行為。……今、表だって、国家権力と相対するのは避けたい……どうすれば良いのだ、、、。」
呆然と酷く追い詰められた様子で呟く彼は、フラフラと長椅子に倒れ込むように座った。
「私には、、使命があるのだ、、見つけださねばならない、、かの方を。許しを請い、、かの方に向かう悪意がある事を伝えねば、、。国が失われてしまう前に、、呑み込まれる前に。」
ぶつぶつと呟いていたのに急に黙り込んだと思うと、ドサリと身体を長椅子に沈めた男性は、どうやら意識を手放した様子だった。
「……えっと……どうしようかしら……。」
暫く様子を見つめ、側により、医療鑑定魔術で観察すれば、疲労・栄養不足・睡眠不足との結果が現れる。こんな場所で放置するのは気が引ける。されど、彼は国家権力とは距離を置きたいみたいだし……。キョロキョロと周りを見渡しても誰かが来る様子は無い。気絶した男性が、直ぐに目を醒ますとは思えず、私は、テントを取り出し、彼をその中に押し込んだ。テントをしまい、そろそろ戻らないとアビ達が困るだろうと思い、アビの元へと転移した。
……そういえば、存在自体を丸っと無視してしまった風龍シルビア殿はどうしたのかしら?
ふと思い出したのは、アビの元へ転移し、心配していたアビとナスカに抱きしめられ、こってりと怒られた後だった。
館長達がご用意して下さった資料は、全てスキャンコピーをし、丁重にお礼を伝え、ハウルゼス卿の屋敷に戻ったのは夕刻の時間だった。夕食を頂き、温泉でゆっくり身体を癒し、アビとナスカを引き連れ、男性を収納したテントを取り出し中に入る。
室内がコテージ型のテントの客室へと向かい、ベッドに寝入る男性の様子を確認する。身につけたマントを脱がそうとしたのだけど、どうやら魔術で固定してるのか脱がす事は出来なかった。だから、クリーンをかけ、とりあえず寝かし、栄養不足解消の為の点滴を腕につけといたの。ゆっくりと体内にはいる液体は、人に必要な栄養と体力回復液を混ぜたモノで、これは、獣人族では当たり前の方法だとペプル嬢が言っていた。人族のように回復魔法陣をベッドに書き込み回復させるのも良いが、それだと、自身の身体にある回復能力が下がるから、必要最低限のものを回復魔法で利用し、後は、自己免疫力を上げる方が、本人にとって一番良いと聞いた。
静かで穏やかな息をする男性の様子をじっくり観察しているとアビが固い声で口を開いた。
「この者は何者ですか?」
「知らない。倒れていたから拾ったの。」
嘘は言ってない。うん。嘘じゃない。気を失っていたから放置するのは気が引けたのだ。
「どこで拾ったのですか!!」
若干怒り口調で言ったナスカは、丁寧に、男性の脈を測ってくれている。
「聖堂エリアに行ったのよ。聖堂の中で気を失っていたの。その場に放置するのは気が引けてね。拾ったわけ。」
「聖堂ですか?」
「うん。でも、あの聖堂……ダミーだわ。」
「ダミー??」
「えぇ。偶にあるわよね、精霊を祀る聖堂のようで違う施設。そんな場所で倒れてる人をほっとけないでしょう?」
「なるほど……ならば、大門の強化とは、全く関係ないんですね。」
「えぇ。アレは、天井地盤強化の為に行った事よ。……まだ討伐中みたいね。」
「はい。ダンジョンでもない天然の魔物の巣であるのに、住う魔物は、8割亜種だったようで、慎重に討伐してるみたいです。」
「そう。ギルドの帝も居るし、殲滅はできるでしょうけど……。他の地下都市の天井地盤もしっかり調べなきゃならないわ。」
「そうですね。しかし、今すぐには難しいですよ。」
「そうね、我々がやろうと思うと難しいけど、元牙狼隊や軍部に任せるのも手かと思うのよ。ついでにギルドも巻き込みましょう。」
私が普通に会話しても彼が目を醒ます様子はない。このままテントに放置するのも色々と問題の為、丁度よく点滴も終わったから、浮遊でベッド事浮かし、テントから出した。マーヤさんにもう一部屋客室を借りて、そこに男性を収め、アビ達と交代で男性の様子を観察する事にした。
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