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男性が眼を醒ましたのは、聖堂に行ってから2日後の朝だった。
彼が寝てる間に、タンムーズ殿から地上の魔物の巣は全て殲滅出来た事と地下都市がある地上の探索を開始した連絡があった。アンヌからは、お祖母様との謁見と大粛正と火災現場の事後報告及び新たな大臣の任命報告及びジョーレット殿が新たにダルメシアン伯爵位を叙勲される運びとなり、それにより階位が一つ上がり新たにダルメシアン侯爵を授与される事を知らされた。
久しぶりに報告を上げて来たオータムからは、何がどうなってそうなったのか解らないが、ヴリドが朱雀に拉致された事と、グノームルド一族の守護する聖殿の保護及びその周囲の結界構築及びその地を縄張りとする虎人族と交誼を結ぶに至った事、聖殿の強化には、狐人族スーリア殿とその配下の方々が力を貸して下さった事、それにより、山脈に住う全ての隠れ里の獣人族の長とコンタクトが取れた事が報告されていた。補足事項として、私に聖殿の固定を願うスーリア様からの嘆願が入っていた。
キースからは、追っていた男が禁忌の森に逃げ込んだ為、それ以上の追跡は不可能であるが、何故かザックとブラッドに遭遇し、2人に託し、キース自身は、火災現場の方へと回った事が報告されていた。
そして、私が一番気になっていたバースからの報告は、どうにも複雑な気分になったのだ。
まず、彼が追っていた放火犯はソルジャーアントの亜種の大群に呑まれてしまった為、その背後を追跡する事が不可能となった時に、アトラ及びハウルゼス卿達と合流し、天然洞窟が天然魔窟になってしまっている為、魔物殲滅に切り替えた事。更に、二手に分かれ、バースと元牙狼隊ハイデッカー殿は、各種アントの亜種の大群を殲滅をした後、クイーンアントの捜査に乗り出したが、クイーンアントの発見には至らず、洞窟内に生息するモルボルやオチューなどの植物系の魔物やらガーゴイルやドッチオーネなどの鉱物系の魔物やらとにかく様々な魔物とその亜種が発見され、暫く任務遂行不可能だと報告が来た。だから、暫く西部に残る旨が報告されていた。
最初の方の報告は淡々と事実報告なのに、途中から妙にテンション高い報告に変わり、最終的には、楽しんでいる事が良く伝わる報告に変わり、心配していた私の気持ちは複雑且つある意味、この地の心配の種になりそうな事柄をしっかり潰そうとしてくれる事に感謝すべきなのか、とても微妙な気分だったわ。
イリスからは、メルーシャ大サーカス団の公演再開を一週間延期し、その間に、メルーシャ大サーカス団を狙う者達の炙り出しに専念する事とエリック殿を迎えにガイノス叔父上の配下であるタンムーズ殿の子息ビアス殿が訪れ、ノリスが随伴した事が報告されていた。
そんな感じで、各隊員達から次々と上がる情報に、都度都度指示を上げたりしていた為、男性が目を醒ました時に、彼の側に居たのは、アビの隊の隊員だった。隊員には、我々が黒狼隊である事は秘匿し、マリーの商会フェニフィニ商会の者として接する様に伝えていた為、私も含め皆、商人の服装をしているの。
アビから、男性が眼を醒ましたと報告を貰い急いで彼が休む客室に向かえば、彼は上半身を起こし、私が全く脱がせ無かったフードを下ろしていた。露わになった御顔は、非常に整ってらっしゃるのだけど、右半分には呪詛のような複雑な紋証が浮かび、左目は藍色、右目は血のように紅い色をされていた。良く休まれたからか血行は良くなっていらっしゃるが、栄養不足による隈は微かに薄くなった程度である。隊員と穏やかに会話するその声はかすれ、覇気を感じ取れなかった。
「お身体の御加減は如何ですか?」
室内に入り声を掛ければ、隊員との会話をやめて此方を向いた男性は、穏やかな笑みを浮かべた。
「お気遣いありがとうございます。とても良く休めました。そう見えないかも知れませんがとても元気に回復しております。」
「それはようございました。わたくしマリーと申します。よろしくお願い致します。わたくし、若輩者にございますが、薬師錬金術師として従事しておりますので、少し検査させて頂きますね。」
返事を聞く前に、有無を言わさず、隊員の座る椅子の横に腰掛け、手に医療鑑定魔術を展開させ、彼の身体を隈なく鑑定させる。仰る通り、拾った時に比べれば随分と回復はしているが、まだまだ疲労困憊である事には変わらない様子だった。
「確かに仰る通り回復はされていますが、まだまだ疲労蓄積が濃くございます。せめて疲労が回復されるまでは、此方でお休み下さいませ。」
「何から何までありがとうございます。これ程手厚く介護して頂き、なんと感謝すれば良いものか。情けない事にございますが、対価を払える殆ど、金銭に余裕がないのです。何も御礼が出来ない上に、有り難いお申し出にございますが、寝込んでいた時の対価をお支払いしお暇させて頂きたく。ほんとうに申し訳ない。」
恥を忍んでと言いたそうな表情をし言葉を紡ぐ男性に、私は微笑みを返した。
「わたくしは、慈善事業の一環として、気絶された方を拾っただけなのです。先程もお伝えしましたが、わたくしは若輩者の薬師錬金術師にございます。貴殿の治療は、わたくしの練習にもなります。どうかわたくしの技術向上の手助けをお願い出来ませんか?」
此方の厚かましいお願いに、彼は戦々恐々とした雰囲気で首を緩く横に振り拒否された。
「こんな得体の知れぬ男の為に、そこまでのご厚意を授ける必要はございません。こんなに身体が軽いのは久しぶりにございます。充分に癒して頂きました。」
頑なに拒否される男性の名は、マイケル=モルダーと云うらしい。庶民の様な名乗り方をする男性は、身のこなしや話し方は、どう考えても貴族的なので、恐らく偽名であるとは思う。何回か問答を繰り返しても、頑なに拒否されるので、引き留めるのは無理か……と諦め掛けた時、私の隣に腰掛ける隊員が、マイケル殿の頭にチョップを振り下ろした。
「ぐだぐだ、ぐだぐだと、面倒くさいなあんた。タダで治して貰えるんだから、有り難く享受しとけば良い。それともなにか、急いで逃げなきゃなんない理由でもある訳??あんたさ、解ってないみたいだから言うけど、それ以上身体に負荷掛けたら先端から麻痺して腐るよ?何を急いでるか知らないけど、成すべきがあるなら、立ち止まり身体を癒すのは義務だよ。」
隊員の言葉に男性は、サァーと血の気が引き真っ青になり唇を震わせた。そこまで酷いとは思って無かったのだろう事が解る。
「うちの商会長は、人助けが趣味なんだよ。だから金銭の請求なんてしないし、あんたを引き留めるのも、その鶏ガラの様な身体が限界だと解るからだ。兎に角、休め、食え、栄養を蓄えろ。解った??」
「わたくしの身体に刻まれた呪詛はそこまで進行しているのですか?」
「あん??違う!!あんたのその顔に浮かんでる紋証の検診はまだ出来てないけど、その鶏ガラみたいな身体になった理由は、単純に栄養不足だ。体内魔力巡回行路も弱ってるし。」
呆然としてるマイケル殿に、ケッと鼻やむ隊員の態度は、どことなくフラットで、ただの庶民の商会員みたいに見える。随分手慣れていると感心しながら2人のやり取りを見つめていれば、マイケル殿はぎこちなく此方に視線を向けた。
「詳しく所載をお話しする事は出来かねますが、わたくしに刻まれた紋証は、呪いだと言われております。解呪の方法はなく、段々と衰弱し死に至らしめる物であると、国の呪術師に言われたのです。周りに感染するような物ではございませんが、わたくしの衰弱は、この紋証が起こしてる現象であると思います。」
弱々しく仰るマイケル殿は、だから、もうこれ以上治療は要らないと言いたい感じがして、私は、目を細めニッコリと微笑んだ。急がれる理由は聞くつもりは無いし、他国の事情を伺うのも気が引ける。それに、調べる方法は幾らでも私にはある。
「なるほど、では解析させて頂きます。」
頑なに拒否する理由がそれであるなら、引き剥がせば良いし、このまま衰弱死させるつもりはない。あんなに切羽詰まった様子で呟いていたマイケル殿を見捨てるという選択肢は、私には無かった。
医療鑑定魔術プラス呪印・呪詛に設定し解析を始めれば、確かに、マイケル殿の身体には、蛇が巻きつくように呪いが刻まれていた。顔に現れている紋証は、鑑定魔術を貼り付けた瞳で見ると、まるでゆっくりと身体全体を這うように動いて見える。確かに、マイケル殿が仰るように、その呪いは、マイケル殿の体内魔力を喰らい体力を奪い、栄養を奪う物だ。ジワジワと嬲るように長期に苦しめるタイプの呪いだ。
初めて拝見する呪いに、私は、目を更に細くした。古くからあるタイプであると解るのは、解析に現れる呪い本体の魔術印と魔法陣が、何百年も前の型をしている事と、這うように動き回る可動式だからだ。通常の見た目は特に変化はない。しかし、鑑定魔術を起動させたら目視出来る、蛇の様な動きをし顔を持つ呪い。
「……古来の呪いですね。」
ポツリと呟けば、マイケル殿は軽く目を見開いた。解呪の方法は強引になるが解る。但し、この手の古来の呪いは、下手すると解呪者に喰いついてこようとするめんどくさい呪いなのだ。
「詳しくお話し出来ないと仰いましたが、いつ頃、呪いを受けたかはお話し願いますでしょうか?」
立ち上がり、亜空間から解呪に必要な聖属性を含む魔石と剥がした後に押し込めるゴーレムを一体取り出した。この手の呪いは呪い返しするより、引き剥がし、分解し、解析し、術者を確かめた上で反射を組み入れ丁寧に返すべしとスタンが言っていた。分解の仕方はヴィヴィ様が丁寧に教えてくれたし、術者に反射させる際、更に、キツくエグくする魔術式はリリーから教わったのだ。
マイケル殿の身体をすっぽり埋めるように空中に魔法陣を書き出しながら尋ねれば、マイケル殿は、眉間に軽く皺を寄せた。
「わたくしが第一成人を迎える時に、ある者が受けそうになったのをかばい、その際、しっかりと受け取ってしまったのです。」
「第一成人……では、12歳で受けたと?」
「えぇ……。随分長くこの呪いとは付き合っております。」
微苦笑と諦めの瞳で呟くマイケル殿に、私は、出来るだけ優しく微笑みかけた。
「ご自身の精神力の強さには感服致します。長きに渡り苦しまれた事にございましょう。わたくしのお師匠は、この手のスペシャリストです。その弟子たるわたくしも、解呪を少し齧っておりますので、今から、解呪させて頂きますわ。」
「解呪可能ですと?!!そんなバカな!!我が国随一の解呪師すら匙を投げたのですよ!!」
驚愕に表情を固めたマイケル殿の瞳が信じられないと忙しく右往左往する。
解る、解るのよ。解呪出来ないって思うのは当たり前なの。何百年も前に編まれた呪術式など普通知らないわ。だけど、我がお師匠達は、ちょっと変なのよ。様々な魔術式に精通してる上に、根本的にある基礎構築術式を、パターン別に収集し、どの国の癖かまで、ちゃんと資料化してるのよ。そんな事が出来る理由は、どれほど古く、どれほど珍しい物だとしても、強引に引き剥がす方法を編み出しているからなのよ。あのお師匠様方はね。
鑑定魔術や解析魔術は、あくまで、そのものの構築する元を見出すだけ。術式を物理的に分解する訳ではないわ。鑑定・解析の次の工程が分解や分離なのよね。それでも、やはり、根本的なところまで鑑定・解析が出来なければ、引き剥がしなんて無理なわけであり、結果的に、錬金術師とは、鑑定・解析・分解・分離・構築のプロフェショナルになるの。
「マイケル殿の御国が、どのような方式を利用されるかわたくしは存じ上げませんから、なんとも言えませんが、我が国に於ける解呪等の術式は豊富にございます。ですから、様々な方式・術式を利用する為、解呪師の種類も豊富なのですよ。
まっ、兎に角、解呪致します。ほんのすこぉ〜し痛いかも知れませんし、気を失うかも知れませんが……。次、目覚めた時は、すっきりされているはずですから。ご安心を。」
混乱してるマイケル殿のほっといて、私は、さっさと魔術を起動させた。
「いや……我が国でも、古来の呪いの解呪が出来る人間など、そうそう居ませんけどね。」
魔術が起動し、ピカリと光ったと同時に、ギャァ!!!と叫ぶマイケル殿を見つめ隊員がボソリと呟いたのを尻目に、私は、ゴーレムを盾にし、その後ろから解呪が終わるのを待っていた。無論、ちゃっかり隊員も私の後ろに立って、覗き込んでいる。
ほんの数分後、魔術が飛散したと同時に、ゴーレムがどす黒く変色したので、空中牢の中に入れ込み、空中牢ごと亜空間にしまう。マイケル殿は、案の定気絶されていた。
身体に巻き付いていた蛇の呪いは、綺麗さっぱり消え失せたからか、髪も肌も本来の艶を取り戻していたわ。医療鑑定魔術を起動させ、もう一度解析すれば、疲労困憊はまだまだあるが、呪いによる衰弱は収まっていた。
「それで、マリー様、この者の調査はされますか?」
マイケル殿の解析をする私の横に立ち聞いてきた隊員に、首を横に振る事で否定する。
「いえ、この者にはこの者の事情がございましょう。我々が調査するより、御本人がお話し下さる事を願います。回復し、この屋敷を後にされる時、何もお話にならないようであれば、その時は諜報班に頼みます。……暫く目を覚まされないと思うから頼んで良いかしら?わたくしは、呪いの解析をして参りますわ。」
「畏まりました。古城に戻られますか?」
「戻るというか、スタンと一緒に解析するから、正確には、テントに籠るわ。何かあれば連絡を。」
「畏まりました。」
後を任せ、私は、自分がお借りしている部屋へと戻った。
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