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「これはまた珍しい呪いを見つけましたね。」
しげしげと真っ黒なゴーレムが入った空中牢を見つめたスタンは腕を組み呟いた。
あの後、直ぐにスタンに連絡を入れれば、丁度休憩中だから、今からなら大丈夫と言われたので、早速、泊まってる客室の中にテントを出し、スタンにテントの番号を伝え、テントの中で待ち合わせたの。
研究ラボテントをカガリから貰った時は、何に使うのかしら?と不思議だったのだけど、意外とこの子の登場率は高い。目下、呪詛・呪印・呪術・封印具などなどの解析をする時に使われる事が多いこの研究ラボは、広い実験室・データ解析をする解析ルーム・執務室・仮眠室・浄化室・温泉と充実したテントである。
今、私達が居るのは広い実験室だ。
「やっぱ珍しいわよね。人に付いていたのよ。」
「そりゃそうでしょう。コレは人族に特化した、数百年前に、罪を犯した王侯貴族への罰として作られた『蛇縛』と呼ばれる呪いですよ。」
「蛇縛??なんでそんな事知ってるの?」
「ふふっ。一時期、リリーと一緒に、王侯貴族への罰を調べ漁ったんですよ。各国様々な方法を編み出しておりまして、大変勉強になりました。」
楽しそうに目を細めるスタンは、空中牢を開く前に、四角形の結界を貼り、空中牢を消した。
結界の中にドスンと座る形になったゴーレム。真っ黒黒のその身を鑑定魔術の瞳で見れば、相変わらず元気よく蛇が動き回っている。
「資料では絵姿を拝見しましたが、実物は初めてですね……。姫様は、コレを分解して、呪い返ししたいと?」
「うん。こんな古い呪いを使役した人が気になるじゃない?こないだ、ヴァハの呪いを風帝が呪い返ししていたのだけど、その後の経過は教えて下さらないのよ。勘なんだけど、この呪いを利用した者とヴァハの呪いを利用した者は、同じ人物か同じ目的の人達じゃないかしら?と思うのよ。」
「なるほど……。ですが……分解は出来ますが、術者を特定は困難かも知れませね。」
「そう……なの??」
「えぇ、わかりやすく説明しますね、少しお待ちください。」
スタンは、ゴーレムを這いずり回る蛇の首を、『縛』と呼ばれる呪符の細い紐のようなもので捕らえた。ピタリと首から上は止まり、長い尻尾が暴れている。口から長い舌が飛び出し、捕らえた『縛』を外そうと、舌を巻き付かせるのだけど、スタンは次に『磔』の呪印を刻み込んだ。すると、蛇の動きは見事に停止したの。
「さて、姫様、私が使った呪符の素材は何か解りますか?」
「……ガルダの羽根かしら??」
首を傾げながら言えば、スタンは目を細め頷いた。
「まず、わたくしが所持する聖剣アヴァターラは、どの神の眷属か解りますか?」
「愚問だわ…ヴィシュヌ神、維持者・守護者を司る神の眷属よ。」
「はい、では、彼らにとって『蛇』とはどんな存在ですか?」
どんな存在……。意外な質問に腕を組み、様々な伝承や伝記や神話が脳裏に浮かぶ。基本的に、『蛇』とは、仄暗い邪神として扱われ易いのだけれど、ヴィシュヌ神が関わるのであれば、全く違う意味を持つの。
よく言われるのは、ヴィシュヌとは…「どこにでも存在し、全ての中に存在する者」との意味を含む事、または、「千の顔を持つ英雄」とも呼ばれている。すなわち、最高神の1人として信仰を集める神でもある。
細かやかなヴィシュヌに関わる事は、余りにも長いので、この際置いとくとして……。
ヴィシュヌにとって『蛇』とは、世界を支える支柱のような存在なのよ。決して、悪とか邪とかの扱いではない。
更に、ガルダとはヴィシュヌの乗り物として扱われるヴァハーナである。ヴァハーナとは、ヴィシュヌのアヴァターラ要するに化身の一つなの。
我々がガルダと呼ぶモノは、朱雀の眷属である霊鳥類の一つよ。つまりは、限りなく精霊と近い鳥の事よ。なかなか人里や人族が練り歩くような場所には降りて来ない、深い樹海の奥に住う鳥よ。
「つまり、スタンは、こう言いたいのね、邪と扱われる蛇を捕らえるには、神の化身として扱われる蛇で抵抗する。」
「えぇ。その通りです。しかしね、問題は、、見て下さい姫様、舌でガルダの羽根に巻き付いた為に、浮かび上がるでしょう……姫様が仰る、この呪いを使役した者達のエンブレム『十字に巻き付く蛇とクロスした双剣に蓮の花のアンクを囲む外苑を象るのはナーガ。』……大蛇と呼ばれる男の配下達のエンブレムにございます。」
「……大蛇……。」
「そうです。このようなエンブレムは直ぐに証拠として上がりますが、大蛇とこのエンブレムを使用する者達が繋がる証拠は一切出てこない。何故だか解りますか??」
スタンの質問に、私は押し黙る。だって……大蛇とは百年以上前に生きた、隣国タンライトの英雄の字名であり、我が国に於いては散々辛酸を舐めさせられた相手なのだ。そう歴史で習っている。本人が生きている訳ないので、形骸化し名だけ継承する者が居るって事なの。実際『大蛇』と呼ばれる方は、タンライトの要職についてらっしゃるわ。
無論、私やアンヌも『大蛇』の存在を捉えては居る。しかし、今、隣国で要職に就く方が、その字名で呼ばれていようが違和感があり、彼にそのような暗躍が出来るとは到底思えないのだ。だから、その姿が陽炎のように曖昧で、どう考えるべきか決めかねていた。スタンが、態々、私に質問したのは、そんな当たり前な答えを求めていないのよ。
「……このエンブレムが浮かぶならば、術者は追えない…。繋がりがある者は、バースが追った放火犯のように、偶然を装い消されてしまう。呪い返しをした瞬間に、彼方は尻尾を切り、他で生やす。そう云う事かしら。」
「えぇ。マリーアンナ様ですら、実態を全く捉えれない男です。アレが凄いのは、古来の魔術・魔法に精通し、それを利用し、あたかも、それに手を出す本人が望み行った事だと、見せる事が出来る事です。ですから、この呪いを利用した者を捉え、捕縛したとして、その者は、大蛇に操られた事も、大蛇の配下に付け入れられた事すらも気付いていない可能性が高い。ですから、本来の術者、利用した者を捕らえる事は困難になります。なんせ、ダミーを掴まされるだけなのだから。」
冷めた瞳で話すスタンに、私は曖昧に頷く。確かに、呪いを使った者を捕らえた所で、それを利用しようとした者を捕らえれないのであれば、非常に不愉快ではあるが、意味が余りなく、ただの代わりを掴かむだけとも言える。
あぁ……そうだ、だから……息を吐くように、嘲笑う様子を……
「……大蛇の吐息。。そう呼ばれていると聞いた事があるわ。」
「えぇ。忌忌しい事にね。このエンブレムが浮かび上がると云う事は、大蛇にとって、吐息を吐くような些細な出来事である。そうゆう意味です。」
「あのねスタン。私、この呪いを刻まれた男性を拾ったの。変な場所で気絶していたから。彼がね、仰っていたの。本来、コレを受けるはずの人が居たのだけど、彼は、自らを犠牲にして庇ったそうなのよ。詳しい話は出来ないと仰っていたのだけど、彼の出身は闇帝の出身国と同じだと思うの。ラケニスの西側、ホルスの北側に展開される小・中諸国の連合体、ゴルバックス諸国連合が一つ、ラフォート公国だと思うのよ。」
私の話を黙って聞いていたスタンは、眉間に深く皺を寄せチッと舌打ちをした。
「……相変わらず長い舌を持つ男ですね。」
「だとしてもね、少し乱雑過ぎやしないかしら?我が国に対して色々と恨むのは解るのよ。長きに渡り互いに憎み合って来たのだから。だけど、ラフォート公国にまで手を伸ばす意味が解らないわ。我が国を倒す、それだけの為に、そこまで手を伸ばす必要はない。だって、我が国は四方から狙われているんだもの。ならば、大蛇のその目的はなに??」
「……わたくしも、そこがずっと引っかかってましてね。随分と色々な国に舌を伸ばし唾を掛ける割りには決定打が何もないんですよね。
この地を散々引っ掻き回したのはイゼルニア夫人とディデリク殿と聖女に連なる者達。更に、おもちゃの遊びの様に、気紛れに撫でたのは暗澹の主のお二人ですが、きっかけを与えたのは間違いなく大蛇にございます。恐らく、トバイデン殿に、色々とやり返され、意趣返しの意味もあり、掻き回したのでしょう。だから、この地の方には申し訳ないですが、遊ばれたのでしょうね。
では、大蛇の本懐が何処にあるのか……。非常に不愉快極まりないですが、姫様が仰る通り、トバイデン殿を捕まえねばなりませんね。かの方は、大蛇より好敵手と思われる稀有な存在。かの方であれば、大蛇の目的を捉えていても可笑しくはないですから。」
「勿論その通りよ。ねぇスタン、我々が追うキラーファントムと大蛇は繋がっていると思う?」
「……やる事は似てますが、恐らく繋がらないでしょうね。大蛇は、キラーファントムを利用しているんではないでしょうか?」
「利用してるのに繋がらないの?」
「えぇ。キラーファントムの目的は、桃源郷です。この世の楽園と呼ばれし場所を手に入れたい。桃源郷を支配したい。しかし、大蛇は、別に、桃源郷に興味があるとは思えません。こう言ってはなんですが、あの研究所に関しては、キラーファントムと大蛇の共同ではあると思います。寧ろ、そこで分裂したのではないかと。」
「どうして分裂したと?」
「わたくしの予測でありますから、それはあくまで妄想の域を出ません。そのつもりで聞いてくださいね。」
「そのセリフ良く聞くわね。でも解ったわ。」
「キラーファントムの目的は、あくまで桃源郷の奪取です。姫様が、桃源郷を復活させるまで、兵力を蓄える事に注視している。復活した瞬間に、前回は破壊してしまったから、今回は万全の状態で手に入れ、支配したい。ですから、あんな外道な研究室を持ち、日々、進化論に挑んでいる。神の領域に侵入し、自身達が神と同等にでもなるつもりなんでしょう。キラーファントムと密に繋がるのは聖女の関係者達、要するに統一聖堂教会ではないでしょうか?
大蛇の場合は、恐らく、破壊が目的です。全てを破壊し、真っさらにする。その上で、世界を構築する。終末思想の継承者ではないかと思います。
二つは似てるようで異なる。
キラーファントムは、ある意味自身達を一段上に置いた高みから見下ろし、世界樹ユグドラシル様すら、自分達がコントロールする。そんな理想を持つ者達。
大蛇は、破壊し尽くしてから、生かすも殺すも選別し、世界樹ユグドラシル様の加護すら拒否し自分達だけの世界の再構築。そんな感じではないかと。
思想が違えば、目的は違う、手段は同じでも、それにより得れる結果、望む結果が違う。だから仲違いしたんではないかと。」
「終末思想……。もしもよ、大蛇の目的が、壊す事であるのなら、何故、この地を掻き乱す事だけで満足しているの?」
「さぁ?わたくしには解りません。ただ一つ言えるのは、大蛇にとって、タンライトと我が国の同盟強化も、姫様の存在も邪魔であり、魔導姫の存在も龍族の存在も邪魔なのではないかと。
ですが、これはあくまで、わたくしの予測であり、妄想に近い。やはり、トバイデン殿にお逢いしなければならないと思いますよ。
長くなりましたが、この呪いどうします?分解します?それとも未だ起動中との事にして、魔力紋を追跡し、何処に繋がるか探りますか?起動中であると信じて居れば、彼方は油断しますからね。……万が一でしかありませんが、大蛇の配下の尻尾を掴むチャンスにはなりますよ?」
「今まで散々逃げられているのに?」
「今までは、このように起動中のモノは、呪印や呪詛でしたから、丁重に呪い返しするしかなかったですが、今回は『呪い』呪いとはある意味、祈りに近いんですよ。呪って呪って、その思いが媒体になるモノに染み付き魔法陣を完成させ、呪い具を創り出す。古来の呪いは、それを理論化させ魔術として扱っていた。良いですか。同じ『呪』を司る術でも、その過程は違うのです。ですから、想いを込めた者の魔力紋が残る。それを追跡する事が可能となるのです。」
スタンの説明を聞きながら、真っ黒ゴーレムに視線を向ける。『縛』と『磔』に囚われた、呪いの蛇は、全く動けない様子ではあるが、紅い瞳が、ギョロギョロと動きまわり、逃げ道を探している様子だった。
「ねぇ、起動中のままで、この呪いが逃げ出したりしないの?」
「えぇ。呪いの縛式結界はございますから。それに、此方の研究ラボの実験室に、しっかりディスペルを貼りますし、こちらのテント使用を禁止させます。わたくしと姫様と特殊解呪師の隊員数名のみの使用と致します。」
「そう、ではそうしてくれる?」
「畏まりました。では、一度姫様は実験室から出て彼方の裏に行って下さい。そちらの窓から此方の様子は見れますから。」
「うん。解ったわ。」
言われた通り実験室から出て裏にある小部屋に入る。前面の壁全体がガラスの為、スタンがする作業が良く見える。ソファーに座り、スタンの作業を見学した。
「では、姫様、わたくしは古城に戻ります。トバイデン殿の捜索頑張って下さいね。」
穏やかな笑みと優雅な礼をして去ったスタンを見届け、私は、スタンが実験室半分を潰して創り出した縛式結界を見つめた。頑丈な造りの縛式結界の中には数十体のゴーレムが鎮座し、各ゴーレムの胸元には大きな魔石が組み込まれている。あの呪いは、受けた相手の体内魔力を喰らうから、ゴーレムには擬似的な魔石を利用した魔臓器が作られている。魔石に込められた魔力が無くなれば、隣に移る様にしてあるらしく、呪いがなくなったゴーレムには自動的に新しい魔石が装着されるらしい。
「いろんな術式があるもんよね……ほんと。」
感心しながら実験室を後にしテントから出たの。
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