大蛇の吐息

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その日の夕食の時間、マイケル殿と一緒にお食事を頂く事にした私達は、マーヤさんに頼み、客室の居間に、夕食を用意していただいた。マイケル殿には、病理食をご用意頂いたので、彼は、ゆっくりと解された柔らかい食事を食べていた。 「お口には合いますでしょうか?」 約半分を食されたタイミングを見計らいナスカが尋ねたのをきっかけに、マイケル殿は、カラトリーを台に置き、口元を手拭いで軽く拭うとニッコリと微笑み返した。 「はい。どうやら胃腸が弱っていたようですので、柔らかく煮ていただき、身体に浸透する心地が致します。」 「それは良かった。本日は、胃腸の刺激を与えず、栄養を蓄え易い、この地ではリージェと呼ばれる稲の身を蒸したモノを更に柔らかく煮込み、ボガと呼ばれる野菜の果肉をアクセントにしているそうですわ。」 「ボガとは、こちらの農園で栽培されている丸い黒くて厚い皮に覆われている野菜ですか?」 「えぇ。農園の一部は、ボガの生産をしているようです。中身は黄色くホクホクと甘いので煮込むとトロリとした食感がございます。栄養価も高いモノですよ。」 「国により野菜の使い方は違いますね。わたくしの国では、ツッカと呼ばれ親しまれる野菜ですが、主に、焼き野菜や煮付けに利用されます。」 「あぁ。シュガーやツォーや酒やリンで煮る料理ですよね。アレは確かに美味にございます。」 「此方では、醤油はツォーと呼ばれるのですか?」 「えぇ。元々は、東国で生産されたモノだとか。」 「お詳しいですな。国々により、調味料は呼び方も違えば、スパイス・ハーブも多種多様豊富ですから、郷土料理は感慨深いものがありますね。」 ナスカと余り触りない雑談を交わすマイケル殿は、置いていたカラトリーを手に取り食事を再開させた。 「えぇ。我が国は領土が広く、地域により郷土料理も変わりますから、是非、お体が回復致しましたら様々な料理をお楽しみ下さいな。」 「お気遣い有り難くございます。ここ数年様々な土地に向かいましたが、ドリスタ帝国は、広く、何度も道に迷いました。」 「まぁ。西部にはいついらしたのですか?」 「じつは、お恥ずかしい話ですが、わたくし、此方に来る前に、一度気を失いまして……。目を覚ましたのは、ほんの2、3日前でした。 全く見たこともない貨物倉庫らしき場所で寝ていたみたいで、何が何だか分からず、そこから這い出て歩き回り、地下都市ウィンダムの端に着いたのです。」 「あら?わたくしが、マイケル殿を拾ったのはウィンダムの隣聖堂エリアでしたわよ?」 ついつい横から口を挟めば、マイケル殿は、眉をヘニョリと下げた。 「本当にお恥ずかしいのですが……ウィンダムでも喉の渇きが尋常じゃなく、飲み物を探すのにフラフラと歩き廻り、あの場所にたどり着いたのです。大きな湖が目の前にあり、夢中で喉を潤した事は覚えているのですが……。それ以降は空腹で記憶が曖昧で……。」 「冒険ギルドや商業ギルドには登録されていませんの?」 「わたくしは商業ギルドには登録しておりますが、ギルドカードを忘れてしまい……この亜空間アクセサリーに収納してある物品でなんとか旅を続けていたのです。」 恥ずかしそうに、頬を染めるマイケル殿に、私達は、ちょっぴり失礼だけど、残念なモノを見る瞳を向けてしまった。旅行者であるならギルドカードを忘れるなど……かなりのお間抜けさんである。 「……身分証明はどうされていらっしゃいますの?」 「あぁ。それは、此方の証を提示致しております。」 亜空間アクセサリーから取り出されたのは、売買取引商人証明書だ。商業ギルドが発行している買い付けなどを行う方の証明書であり、各国の検問所で提示すれは、御本人の個人情報を確認出来る優れた証明書だ。何故これを持ち歩いているのに、ギルドカードを忘れるのか……理解に苦しむ。一緒に亜空間アクセサリーに入れておけば良かったのでは?と。 「そちらをお持ちであれば、商業ギルド協会支店に寄りカードを再発行すればよろしいのでは?」 何気なくお伝えすれば、マイケル殿は、ハッと目をまんまるに見開き大きく頷かれた。 「そうですね!!失念しておりました。早速ギルド協会支店に伺います!!」 ……キラキラとした瞳で喜ばれているので良かったと思うんだけど……この方……大分抜けている。だから、ついつい胡乱げに見てしまうのよ。聖堂で倒れられた時は、切迫詰まった様子でいらしたのに、今は、呑気とゆうか……少し残念な人って感じがして非常に心配だわ。 私がそう思うならナスカ達も感じるみたいで、私達は目礼で会話をしていたの。これは、誰かがついて行かないと、迷子になり、また、よくわからない所に迷い込むかもしれない。 「マイケル殿、わたくしナスカが、商業ギルド協会支店まで同行させて頂きます。まず、旅行者に必要なモノを揃えましょう。金銭に余裕がないのであれば、わたくし冒険ギルドに登録しておりますから、一緒にクエストを受けましょう。良いですか……我が国を廻られるのであれば、その道中の注意点をわたくし達がお伝えしますから、最低限は学んで下さい。」 「いやいや、そこまでご迷惑をお掛けできませんよ。」 「いえいえ、また遭難され、気を失い、どっかの犯罪に巻き込まれたら、それこそ困ります。今回は、ただの貨物倉庫で済みましたし、拾ったのはマリー様だから良かったですが、最低限の自己防衛は必要です。我が国の旅行者や流れの商人は、皆、しっかりと準備をしてから回っているのです。でないと、なにかがあった時、的確な判断が出来ません。特に、辺鄙区等は、魔物も強いですし、犯罪者も強い。防犯グッツは揃えましょう。」 真剣に言い募るナスカに、マイケル殿は呆けた顔をされた後、ほんわかとした笑みを浮かべられた。 「いやはや、フェニフィニ商会は庶民の味方だと伺ってましたが、本当なんですね。わたくしのように他国の人間にも、皆様、優しくしてくださる。」 「マイケル殿。これは、我々が、フェニフィニ商会の人間だから、お伝えしてる訳ではなく、商業ギルド協会に所属するギルド員だから、国が違えど同じギルド員の少々お間抜けさんを発見してしまったからこそのお節介ですわ。 我が国に入られる商業ギルド員の方々には、色々と注意事項が伝わる筈なのですが、マイケル殿はご存知ないようなので、我々としては、このままほっとく事は出来ません。」 結構失礼な言い方をするナスカに対して、マイケル殿はニコニコと頷き返すのみだった。 ……この方解ってらっしゃるかしら……。 ナスカは、はっきり、常識が無い上に馬鹿だと言ってるようなもんだ。 ニコニコありがとうございます。と笑って礼を言うマイケル殿に、ナスカは疲れた様子で微笑み返していた。 結局、明日の早朝に、ナスカとマイケル殿は商業ギルド協会支店に伺う事になった。ついでに、冒険ギルド協会支店により登録もするらしい。 ナスカにマイケル殿を託し、部屋を後にした私とアビは、マーヤさんのお手伝いをする事にして、夜間の巡回に繰り出した。 天井地盤には、擬似双子月と星空が広がっていた。どんなシステムかわからないが、ちゃんと雨の日もあるらしい。 浮遊を纏い跳ねるように広い農園を駆け抜けながら、私達は、農園を荒らす野生の魔物を狩ったりしていたの。 「ねぇ、アビ、マイケル殿って間違いなく貴族よね。それも文官系の高位貴族よね?」 魔銃で魔物を射抜きながら隣でレイピアを振り回すアビに尋ねればアビは苦笑いを浮かべた。 「えぇ。恐らく、しかし、彼は鶏ガラのような見目になっておりますが、それなりに魔術を収め戦闘能力も高い方ですよ。」 「そうなの?見えないわね。」 「文官系の方は、基本的に外交をされても旅人にはなりません。それも単独行動です。幾らお間抜けさんだとしても、お一人で動けるだけの実力があるのでしょう。でなければ、何年も各地を練り歩けませんよ。」 「確かに。それにしてもお間抜けよね。」 「えぇ。ギルドカードを忘れるなど聞いた事無いですし、冒険ギルドに登録してないとは中々豪胆とゆうか阿保とゆうか。」 「そうよね。ハーブやスパイスにも詳しいみたいだったし、道中の採掘・採取系で良い稼ぎになりそうなのに。」 「そうですね。しかし、ラフォート公国の方であれば、納得ですよ。あの国は確か、冒険ギルドの支店はなく、代わりに自警団の建屋が多いと聞いた事があります。」 「自警団??警務官でなく?」 「えぇ。自警団・近衛騎士団・警務官の3つの組織があるそうです。無論、軍部もありますよ。」 「そう…。面積もそれ程広く無いし、自国の事は自国でって感じかしら?」 「恐らく。彼方の御国は絶対王政ですしね。」 雑談を交わしながら、広々とした農園を一回りした所で、浮遊を解き、普通に歩く。 マイケル殿には伺いたい事があるのだが、彼の感じでは覚えている感じがしない。されど……あの聖堂について聞きたい事は山程あるのだ。 「ねぇ、アビ、明日ね、一緒に付き合って欲しい所があるの。」 「聖堂エリアですか?」 「えぇ。ウィンダムもね。」 「貨物倉庫で寝てるとかありえないですもんね。」 「うん。何もなかったから良かったけど、、恐らく何かに巻き込まれていたんでしょうから。」 呆れた表情を隠さずに伝えれば、アビも微苦笑を浮かべていた。 「確かに、良く無事でしたよね。」 「えぇ。悪運に強いのか、不運なのか解らないわね。」 「えぇ。さて、早く帰って休みましょうか。」 「うん。狩った魔物の素材はギルドで売りましょうか。」 「えぇ。そう致しましょう。」
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