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抑揚と仰ったクルーマは、大きな身体を回転させると、次の瞬間、ポンッ、と小さな音を立て煙のように消えた、小さな精霊達は、半分くらい残ったけど、半分はどうやらクルーマについて行ったようだった。
「ん〜。姫さまどおすんの?」
クワッと欠伸をしながら尋ねるザックは、ベッドに寝転んだままだ。だらしない態度に、軽く横目で睨んでから、ベッドの端に腰掛ける。
「ザックは、どうして此処に居るのよ。ブラッドと何か探していたんではないの?」
「ん〜。ブラッドは、今、エルフ達とガチンコ勝負中なんだよぉ〜。邪魔しちゃあ可哀想〜じゃん。だから、癒しを得て良いんじゃないかと思いまして〜。そうだ……姫さま補給しよう!!とやってきたのですよ〜。」
なんだか久しぶりに拝見する、ダメ男モードのザックに、肩の力が抜けた。
「ブラッドは、なんで、エルフ達と勝負してるのよ。相性悪いんではないの?ブラッドは接近戦タイプで彼方は遠距離タイプでしょう?」
「まぁ?相性悪いけど、アレは反則的に肉体強化が強いんで、良い勝負になるんじゃないんかなぁ。昼過ぎには、あっちに戻るよ。」
「ふぅん?私は、この後、朝食食べたら直ぐに出るわよ。」
櫛を使い髪を梳かしながら一纏めに縛り、何気なくザックに視線を向ければ、思いの外真顔で此方を見つめていた、その表情に、私は、一瞬、身体を硬くした。特に、龍の瞳に変わってる訳でもないし、態度もだらけた感じではあるが、目は口ほどものを言うと云う感じで、どうやら不機嫌である。不機嫌に要素ってあったかな……ここ最近の自分の行動を脳裏に思い浮かべながら、視線をザックから外すし、ベッドから立ち上がる。じっとり見つめられている事には気付いているが、理由がわからないので放置して、化粧台に櫛を置き、顔を洗う為に洗面台に移動した。
顔を洗ってスッキリしたところで、寝室ではなく居間に向かう。なんだか、負のオーラが滲み出ている寝室には、今は入りたくない。
居間では、朝早くからマーヤさんが朝食を運んでくれていた。御礼を伝えれば、彼女は優しい微笑みを残し去っていった。
ソファーに腰掛け、朝食をいただいていると、負のオーラを背負うザックが寝室から出て来たの。なんとゆうか、ある意味、初めて見る、態度である。
怒りが強い時は、金色のオーラが強く、憤りが強い時は、銀色のオーラが強くなる。嬉しい時は、白金色が強くなる。更に嫌悪感が強くなる時は、銀色に黒が強くなる。ザックの纏う魔力は、感情で変化が現れる事がある事を、私は良く知ってるし判るんだけど、他人には、その変化がわからないらしく、多くの他人は、ザックの魔力のオーラは漆黒だと感じるらしい。因みに、私は、周りから見ると銀色らしい。……だから、他の人は、髪の色で判断してるのかしら?と思ってる。
では、今、ザックが纏うのは何色か??びっくりするくらい様々な色が複雑に混ざっているのよ、まるで虹が歩いているみたいだわ。歩く虹の動きをそのまま見つめていれば、向かい側のソファーに座ると足を組んで、ダラリと背もたれに両腕をつけた。どうにも柄が悪い。
「それで……姫様、シルビアになにをされた?」
アクセントのない冷ややかな声で問うたザックの表情は甘やかな笑みが浮かんでいる。ギャップが凄いと感心しつつ、美味しいスープを呑み込み、フルーツに手を伸ばしながら、あぁ、そっちか……。と内心ホッと安堵したの。
「特に、なにも。」
簡単に答えてフルーツを口に放り込む。甘やかな果物の味に目を緩ませて、脳裏に、風そのものと言える麗人が浮かんだ。笑みを深ませるザックは、私の答えに納得していない。だが、答え難いのだ。実際、特に、なにもされていない。随分遠回りで、魔物の巣が出来てる事を教えてくれたけど、アレも、私が天井地盤に連れて行けと言ったから、ついでに、彼は教えただけだ。では、此方に何か危害を加えたか?と聞かれたら……何もされていない。良い事も悪い事も何もされていないのだ。
「聞き方を変えようか。何が不快だったの?」
「不快じゃないわ。不愉快だっただけよ。」
間髪入れず答えれば、ザックは鼻に皺を寄せた。どうやら話すまで、ここから去る気は無いらしい。黙ったまま先を即すザックに、呆れた視線を投げた。
「ザック、何故そんなに不機嫌なのかしら?本当に、なにもされていないのよ。ただ、不愉快だった。それだけよ。」
「感想を聞いてる訳じゃないよ姫様。何があったのか聞いてるんだよ?」
……やだわ……面倒臭い……。
ソロリと視線を横に投げ、珈琲のカップを手に持ち喉を潤す。私が感じた不愉快の理由など、ある意味不敬とも言える事で、なんと答えるべきか悩ましい。だからチラチラとザックを盗みみながら答えたの。……私、もともとヘタレだしね。
「……何があったかと云うよりね……ちょっと穿った事を言いますわよ?」
「うん。言って。」
「わたくし、龍族・龍人に、認めて欲しい・護って欲しいから、桃源郷を復活させたいわけではございませんのよ。わたくしの大切な小さな精霊達が困ってる助けてと願うから、桃源郷を復活させたいんですの。勿論、母上の願いだからって云うのが一番の理由なのよ。
わたくしは、わたくしを疎う方を否定する気はございませんの。ただね、ご自身の不信を、勝手に、わたくしに当て付けないで頂きたいのよ。……わたくしは望んで居ないのだから。」
「うん。解ってる。だから、俺は、貴女の願いを優先してる。
それとは別に、龍族・龍人として、貴女が疎う事に対処したい。貴女は、龍族・龍人の保護を望まない?」
「そうでは無いわザック。わたくしが願うのは、対等である事よ。
桃源郷を復活させる過程で、彼らが、わたくしと共にと望むのであれば、わたくしからの願いは、過度な期待も、過度な保護も、お断りしたいって事よ。わたくしは、彼らの為に、媒体として選ばれた訳でも、生贄として選ばれた訳でもございませんもの。
わたくし、ずっと考えていたのよ。
何故、世界樹ユグドラシル様はドリスタ帝国にあり、世界樹ユグドラシル様の武力たる龍族・龍人達はユーラシアに居るのか。
本来なら、武力たる貴方達は、世界樹ユグドラシル様の近くにある聖殿に棲家を持っていても良いはずよ。
……貴方達龍族の本拠地はユーラシア大陸なのに、竜王種の殆どは、ドリスタニア大陸に住んでいる。この矛盾が、どんなに考えても解決しないのよ。
……シルビア殿は仰っていたわ。
それが……理だから。と何度もね。
その理に、貴方達の棲家は含まれない。ですが、竜王種が、魔素が濃い場所、龍脈の泉に住う事は、理の一つなのではないのかしら?濁りを吸収し吐き出すのが貴方達の役割の一つ。
では、失われし一族は??
聖なる気の巡りを巡回させ、龍脈を正常に保つのが彼らの役割の一つ。
では、わたくしは?
貴方達や彼らの中継ぎなのでは?
そう考えるとね。わたくしの役目は、世界樹ユグドラシル様と桃源郷を正しく護り、正しく巡回させる者では?
だから、わたくしは、桃源郷にとっての不浄な者・理を乱す者を、排除せねばならないのよ。
そう考えるとね、はたしてわたくしは、人族といえる存在なのかしら?そして、桃源郷とは、一体なんなのかしら?世界樹ユグドラシル様の棲家であるのは判る、それは、どの種族にとっても私有するモノではないのでは?ならば、わたくしを含め貴方達龍族は勿論の事、その護り人は何の為に存在するの?
わたくし、本当にひどい考えをしてるのだけど……そもそも、桃源郷が、すべての種族にとって神域としてしっかり確定されていれば、この人族の国同士の馬鹿げた争いは、もう少し穏やかだったのではないのか?ならば、わたくしがすべき事って、どの国にもどの種族にも、桃源郷を利用させないように、しっかり線を引く事なのかもしれない。そう思ったの。
シルビア殿は、ザックとはまた違う龍人だわ。彼は、人族……いいえ、種族関係なく、興味がないの。彼が、大切なのは、自然だわ。自然の摂理を大切にしている。ザックの言う通り、非常に属性に馴染み、生き物の頂点に居る龍人らしい性質を持つ方だと感じたのよ。」
私の話を黙って聞いていたザックは、身体を前方に倒すと両手を組み両膝に置き、細く息を吐いた。
「不愉快だった理由は?」
どうやら誤魔化される気は全く無いらしい。折角、長々とそれらしい話をしたのに無意味のようだ。つい、パチクリと瞳を瞬き私は唇を一文字に閉じた。そんな私に対してザックは苦笑いを浮かべた。
「そんな顔しても誤魔化されません。貴女の感情は、私に、ダイレクトに届く……特に、貴方が憤り・怒り・悲しみ・哀しみなどの負の感情を感じた時は、より顕著に。私と貴女の繋がりが深くなればなるほどね。あの時、貴方が感じたのは……失望だった。貴女は何に失望した?」
あぁ……ザックには誤魔化しが効かないのだ。それが良い事なのか悪い事なのか判断がつかないのだけど、なんとなく、私は、心が軽くなったのだ。
「……前世のわたくしは何も知らな過ぎた。貴方達龍人のあり方も、アビ達の事も、ヴリドやブラッドの事も、亜人族の事も、失われし一族の事も、ダンジョンについても……お母様の事も……叔父上、皇族の事も、何もかもすべてわたくしは知らなかったのよ。知らない事は、無知である事は、罪だわ。何故なら、わたくしは、前世の時ですら、精霊巫女と呼ばれていたのだから。だからね、わたくしに起きた事は起きるべき事だったのかもしれない、そう思ってしまったのよ。」
私の中にある後悔は、なにもアンセルモ様に限る事じゃない。今世の目的は、母上の願いを叶える事だけど、それだけじゃなくて……上手く言えないのだけど、思い起こせば思い起こす程、前世の私は、余りにも何も知らず、ただ、悲劇のヒロインに浸り過ぎていたそう気付いた。シルビア殿の行動は、私にそれを思い知らしめたのだ。理不尽は、無関心の中にも潜むのだと。
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