今世の家庭教師

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今世の家庭教師

あの不思議な夢は、その後見る事は叶わなかった。日々は、粛々と進んで行き、私はいつの間か4歳になっていた。 「ねぇ。レイラ。そろそろ家庭教師が付くと思うのだけど…。ユリアンナ様やジェラルド様と同じ家庭教師なのかしら?」 レイラの入れてくれた紅茶を、一口飲み訪ねてみると、ポットをワゴンに置いたレイラはこちらを満面の笑みで振り向いた。 「いいえ。マリアンヌ様には、特別に、別の講師が付かれるそうですよ。なんでも、西部近境候領の禁忌の森を、単独で行動出来る上に、貴族礼節も完璧。様々な外国語も堪能な異国風美人と美形な男性の姉弟教師だそうですよ。勿論ダンスも完璧だとか。」 レイラの言葉に、ピクリと手が震える。可笑しい…。前世は、教師は大公家の御子様達と同じ者だったはず。何かが変わって来てるのか? 私が、お世話になっている、5大大公の一角である外務を司るノワール大公家は、母上の実家である。前皇帝妃である母上の待遇に同情した、兄である外務大臣ワイゼット=ファン=ノワール大公叔父上が、母上と私を、皇城皇宮より引き取ったらしい。 叔父上は、母上が、皇城皇宮から追い出された事に対して憤怒したと噂では聞いている。 反逆罪が、適応しなかったのが、どうにも可笑しいと思われるくらいには、母上の待遇についての怒りと憤りを苛烈に抗議したらしい。 何故反逆罪が適応されなかったのか? 母上が、生んだ子供、つまりは私が濃く強い皇族の証を持って生まれた事。現皇帝妃に、その当時は御子が居なかった事。 (噂では、現皇帝妃の御子より、私は、濃く強い皇族の証を持っているらしい。) 南方近境領にて、海を挟んだ隣国との小競り合いが発生し、聖堂教会の介入により話が拗れに拗れ、叔父上以外に、その場を納めれる者が居なかった事。 など様々な事情が重なって居たらしい。 だからね…前世の時は解ってなかったけど…叔父上なりに私を大切にしてくれてたんだと思うの。けれど、前世の時、私の環境の厳しさ・噂の酷さに、私は、叔父上の気持ちに気付けなかったのかもしれない。 「そう…。では、有り難く勉学に励まなければなりませんね。叔父上の顔を潰さぬ様に。」 私が、神妙に呟けば、レイラは嬉しそうに頷いた。 「姫様は、とても聡明でいらっしゃいます。ノワール大公家の教師達が、驚かれて居りましたよ。真面目にコツコツと真摯に学ばれる姿勢は流石だと。」 「まぁ。わたくしは、ただ頂ける機会を無駄にしたくは無いだけですわ。」 「姫様は、わたくしの自慢の主ですわ。わたくしは、姫様に相応しい侍女に成れる様に、日々精進致します!!」 心から嬉しそうなレイラの顔に、私は、ふっと力を抜いて微笑んで見つめる。やっぱりレイラは、前世と同じ様に、私に惜しみない慈愛をくれる。それは、母の様な姉の様な暖かい愛情。 「なれば、わたくしは、レイラが誇れる主人に成れる様に精進いたしますね。」 柔らかな時間、笑顔で交わされる約束は他わいの無い拙い約束。 コンコンコンコン 穏やかな時間を破る様になったノックに、レイラが対応する。 「姫様。家庭教師の方がお見えだそうですよ。お通ししてもよろしいでしょうか?」 「ええ。お通しして。」 レイラの言葉に、席を立ち迎え入れる準備をする。小さな私の身体では、椅子から降り立つとソファーに隠れてしまうので、見える位置に移動した。 レイラに連れられて入室した二人の大人。 室内に一気に精霊達が集まって来て、二人を囲い狂喜乱舞しながら浮いているのが、視界に入る。余りの多さに私には二人の姿が見えない。 「お初にお目にかかります。マリアンヌ様。直言のご許可を頂けますでしょうか?」 優雅に流れる様な美しいカーテシーをした女性は、そのままの姿勢で許可を求めてくる。 「ええ。許可致します。楽にして下さい。」 私の言葉に、優雅な動作で身体を起こした女性は、ニッコリと微笑みを浮かべた。 「ご許可至極光栄でございます。わたくし、リリーアンヌ=ハリル=ミサーナと申します。以後お見知り置きを。」 リリーアンヌは、一旦言葉を切ると、隣で臣下の礼を捧げる男性に視線を向けた。 「こちらは、トリスタン=ハリル=ミサーナ。我が弟でございます。」 リリーアンヌの紹介を受けた男性も、優雅に流れる様な仕草で身体を起こしこちらに微笑みを向けた。 「わたくし達二人が、不詳ながらマリアンヌ姫様の家庭教師を務めさせて頂く事となりました。どうぞ良しなに。」 沢山の精霊に囲まれてる二人は、なんだかぼんやりとした姿だった為、可笑しく思ってマリアンヌは満面の笑みを浮かべ二人を出迎えた。 この出会いが、私の人生を変えて行く事に、その時私は、全く気付いていなかったの。母上が私に残した最大の宝である彼ら。私の人生が動き出す小さな一歩だったの。 ーーーーーーーーーー。 後世のとある新聞記者が、マリアンヌ元皇女殿下にインタビューを試みた。 深い森林の中にあるマリアンヌ元皇女殿下の屋敷は、許可が無ければ、屋敷自体目視する事も立ち入る事も出来ない場所である。 インタビューアは、自身の伝達を駆使し、マリアンヌ元皇女殿下の元専任侍女レイラ=イシュマールの孫と接触し、孫の伝達を頼りにやっとの思いで、マリアンヌ元皇女殿下との謁見が叶った。 インタビューアが屋敷のある地区に赴くと、森の入り口に迎えの執事が待機していて、執事に連れられ向かった先には、巨大な屋敷が深い森の中に佇んでいた。 広い屋敷の中のシンプルかつ重厚な応接間にて、インタビューアは、マリアンヌ元皇女殿下と相対し、彼女の年齢を超えた瑞々しい美しさに息を呑んだ。淡々と進むインタビューの中、時折懐かしそうに目を細める彼女に、インタビューアは気になる事を聞いてみる事にした。 何故貴女は歳を取ってないのか?と。するとインタビューアの質問に、彼女は、微苦笑を浮かべた後。秘密だ。と悪戯っぽい笑みを返してから、質問と関係無い話をし始めた。 『今生に於いて、わたくしにとって運命と呼べる出会いは3つ御座います。 一つはレイラ=イシュマール。わたくしの専任侍女として、わたくしが赤ん坊の身の時、例えそれが、命令に忠実に従ったまでだとしても、わたくしに献身的に仕え、わたくしの身の不安定さを感じていても、わたくしを護る事を第一としてくれた。わたくしの大切な人です。そなたのインタビューを受ける理由は彼女にあります。 一つは、リリーアンヌ・トリスタン。のミサーナ姉弟。両名が、我が母上との約束を守り、わたくしの元に罷り越した事に御座います。両名のご鞭撻・御教授がなければ、わたくしの人生の指針は定まらず悪戯に時を過ごす事になっていたでしょう。わたくしの大切な初めの御師匠に御座います。巷では「聖姫の双璧」と呼ばれておりましたね。わたくしの誇りある最強の矛と盾でございました。 一つは、わたくしの唯一と言える彼が側に居た事に御座います。母上の影として忠実に職務を塾していた者であり、わたくしを深く愛して下さる方に御座います。わたくしの唯一無二。 我が人生は、母上の帝国に対しての深い献身から始まり、それをわたくしが継承し、母上の願いを叶える事に努力をし、仲間を増やし様々な問題を解決し、帝国に革命を齎した。今の帝国の平和は、当時の皆の絶え間ぬ努力と決死の思いにあります。簡単に崩してはなりません。 わたくしは、存在事態が、人族にとって、ある意味脅威になりかねません。ですから、山奥に篭り、わたくしの唯一と共に、世界を見守っております。 それは、わたくしの御師匠ミサーナ姉弟との違えられぬ約束なのです。我が最愛と生涯を共にするに当たり、人族の争いに二度と立ち入らぬと。世界の行く末を、見届けてるのがわたくしの役目だと。 そなたのご質問に答えれぬ事お許し下さい。時の輪を外れてるわたくしの事は、どうぞお忘れ下さい。今の時代の問題は、今世代が責任を持ち対処して下さいませ。この度のインタビューで、貴方方との接触は最後となります。そう現皇帝陛下にお伝え下さいな。わたくしは介入はしないと。皇帝陛下自身が皇族の矜持を持ち対処せよ。と。 現皇帝陛下の藩屏たるバン=ガレージ=ヴィンセント殿。そなたの祖父に当たる故アレス皇弟殿下は、わたくしの弟に御座います。そなたは祖父に良く似てる。とても懐かしい。良く会いに来てくれた。ありがとう。されど、もう二度と会う事はあり得ないでしょう。気を付けて帰られよ。』 後日、バン=ガレージ=ヴィンセントが、もう一度逢いに森へと向かっても、マリアンヌ元皇女殿下の屋敷に辿り着く事は二度と出来なかったと言われている。
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