プロローグ

1/1
988人が本棚に入れています
本棚に追加
/642ページ

プロローグ

どうしようもなく大好きで大切な婚約者が居た。 不安定な立場の私には彼しか居なかった。 彼に好かれたくて、淑女教育も皇族教育もすべてただ愚直に熱心に取り組んだ。頑張れば、きっと彼も私を見てくれる。そう信じてた。 彼を誰にも渡したくない、私の自分勝手な独占欲が暴走し、無遠慮に彼に近づく彼女を、威嚇し傲慢に蹴散らす私に対し、彼は、無関心・無感情の瞳を向け静かに視線を逸らしため息を吐く。 そこにある彼の感情を、私は、気付かないふりをした。気付いてしまえば、自分を保てる気がしなかったから…。 けれど…私が、傲慢に苛烈に、彼女に当たれば当たるほど、彼との距離は出来ていき、気付けば…取り返しが着かないほど深い溝となって広がっていた。 空いた距離は、修復したくとも出来る様なものでは無く、足掻けば足掻く程、周りと彼は、自分達から私を遠ざけた。 気付いた時には遅かった…。 私は、私が成した事の責任を、負わねばならなくなった。 「新年祈祷祭」の大切な場であり、皇都民衆・貴族の集まる場所、皇城前広場にて、皆の前に引っ張りだされ告げられたのは…「大逆罪」。 何を告げられてるのか解らなくて、ただ呆然と彼を見て・周りを見渡し・最後に上段の王座に視線を向けた時……。満足感溢れる皇帝陛下の顔とかち合った。 その表情で。あぁ…私は…帝国にとって、邪魔になったのだ。とはっきり理解した…。 無気力に突っ立ったまま、私は、最愛の人に、断罪され…捕らえられ…牢獄に繋がれてしまった。 …ただ彼の愛が欲しかっただけなのに…。 …それが「罪」だと断じられた。 「大逆罪」 罰が私の身に降りかかる。私が成した事は、確かに、苛烈で幼稚な物だった。 「断罪」の咎は。どこまでも容赦なく、わたしの身を汚した。人権も尊厳も全て剥ぎ取られ、最後は、火炙りの刑…。 この身が、業火に包まれる瞬間、執着していた彼への思い。誇っていた皇女としての自尊心。 必死だった誰かの役に立ちたいと願う思い。 全ての思いが弾け飛んだ。 あぁなんて馬鹿な私。すがった所で誰が助けてくれるのだ。 我が母上が、皇城皇宮から排除された事から始まる我が身の不安定さ、何故、いつか私も、皆の役に立ち、必要として貰えるなどと思ったのか。 皇帝陛下は、私の存在が疎ましく、自分の御子だと認めようともしなかったのに。 彼とて同じだ。彼自身も不安定な立場だったのだ。同郷の人に思いを寄せても仕方ないだろう。例え、自身に婚約者が居ようと、彼の国を自身の手で取り返したいなら、私など邪魔でしかない。 業火に身が焼かれ、諦めの気持ちで瞳を閉じた時、全てが逆回りしていく不思議な感覚に陥った。 私は、幼い赤ん坊の時に、舞い戻った。 視界には、一瞬の時間、母上と共に過ごし、幼児期からずっと苦痛でしかなかった、叔父上の屋敷の天井が見える。何故こんな場所に舞い戻ったのか理解は出来なかった。 さっきまでの容赦なく身体を灼いていく灼熱の業炎の熱は、未だ、身を包んでる気がするのに…。心は、困惑と混乱で落ち着かない…。 けれど…目の前の母上の泣き笑いの表情を見つめると、心が凪いでいった。 「ごめんなさい、もうわたくしにはどうしようも出来ない。この国の為だと努力して来た。 皇帝に、愛されぬ我が身でも、民の安寧の為に尽くすと精霊様との約束を果たして来た。 けれど、皇城より追い出されたわたくしには、もう精霊様との約束を果たす事は出来ぬ。 可愛い我が子に、希望を押し付ける母上を許しておくれ。」 弱々しく呟きながら震える腕で赤ん坊の私を抱きしめた。 温かな母上の温もり、母上は私を抱きしめながら、私に全てを捧げ託す為に、囁く様に命の魔術を展開してゆく。 『待って、待って、母上、お願い…私を置いて逝かないで…。』心で叫んでも、必死に手を伸ばしても、小さな赤ん坊でしかない私には、何も出来ない。 なんでよ…どうして…こんな所からなの!!! 母上が何をしたって言うの!!ただ帝国の為に全身全霊を掛けて生きていらしたのに…。 やり直しが必要ならもっと前からで良いじゃない!! 創造主様、精霊様…何故…こんな…試練を私達親子に与えなさる??母上の献身は…無意味なの? 私のせいなの?私が・私が、駄目だったの? 傲慢に・不遜に・彼の愛を欲したりしたから? それとも…選択を、間違えてしまったから? だからやり直せと言うの?…母との別れから…? ならば…ならば…わたしは… 心を……心を決めよう。 自分自身の個の願いの為に、傲慢に権力を振り翳したりしない。母上の様に、民の為に出来る事を、全身全霊を掛けて突き進む。 そうして…証明するわ、えぇ必ず。母上の献身は無駄じゃない。と私が証明するの。 この国の王侯貴族…いや、皇帝陛下が、母上と私を排除し、私達を切り捨て、己の欲望のままにあるのだとするならば、私から捨ててやる。 母上が愛したこの国の為に、私が出来る事をしよう。 二度と彼に恋などしない。 馬鹿みたいに愛を乞う事も。 ただ、精霊様に縋る事もしない。だって助けてなどくれないもの。祈るしかないのよ。きっと。 祈るのは…願うのは…母上の天上での安寧。 母上の次の生が穏やかである様に。 私は、二度と選択を間違えたりしない。
/642ページ

最初のコメントを投稿しよう!