常世の夢・歓楽街ノーチェ

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常世の夢・歓楽街ノーチェ

「なんだって?!!」 急いでマリアンヌ皇女殿下の御使者を、迎えて入れる準備をし、やっとなんとか形を、整えたラーシェに、童子がパタパタと忙しなく寄って、ゼイゼイ息を切らし伝えて来た言葉に、驚き過ぎて腰が抜けそのまま座り込んでしまった。 ヘタリと腰が抜けたまま呆けて居ると、ザワリと廊下が、騒がしくなったと思えば、ラーシェの座り込んだ所から見える奥屋敷裏口から、小さな女児が、ズラリと「黒狼隊」の隊服に身を包む大人を引き連れ此方に歩いて来ていた。 ラーシェから後3歩のところで、小さな女児は足を止め、ニッコリ微笑む。その場で、ラーシェが今まで見たことも無い、綺麗なカーテシーを優雅に決めた。顔を上げ、可愛らしい口元から、紬ぎ出される声は、鈴の音の様に美しい声色だった。 「そちらの童子の知らせは、事実にございます。突然押し掛け、無遠慮に敷居を跨ぎ、誠に申し訳御座いません。 わたくし…マリアンヌ皇女殿下の遠縁に当たる、マリーと申します。「家名」を名乗らぬ非礼をお許しください。 本来、我々「皇族機関」が貴女方「夢売り人」のエリアに、無粋に入り込む事は致しませんが、今回は特別に御座います。この様な、緊急時であれど、此方のエリアを荒らす事を、皇家一族の皆様も、心を痛めてございますのよ。 ですが、歓楽街ノーチェ総元締めグリーナ殿、並びに、モリアリティー娼館・娼館頭目モーガン殿は「大逆罪」を犯されてました。お二人の成した犯罪は…見過ごせるものでなく…あまりに、悲惨な状況の為に、緊急として、「マリアンヌ皇女殿下並びに皇弟ガイノス殿下」が、事態解明の為に、歓楽街ノーチェへと要らしております。それ程の事で御座いますのよ? 娼館頭目ラーシェ様、我々を迎え入れるご用意を致して下さった事、マリアンヌ皇女殿下に代わり御礼申し上げますわ。非常に勝手で申し訳ないのですが、お部屋の準備の足りぬ部分を、此方でさせて頂きとうございます。 しかし…流石「歓楽街ノーチェ・老舗大店ラーミアンシェ娼館」で御座いますわね。 どれも…品の良い、格調高いアンティーク調の調度品の数々ですわ。此方の机と椅子はタワニー産ですか?希少価値の高い品ですわね。 あら?こちらのソファー。最近の物ですわね。この作品の技工士は既に引退されてますのよ。なかなか手に入らぬ品ですわ。素晴らしいわ。 こちらはこのままで、この場にしっかり「防御結界」を貼らせて頂きますわ。」 とても小さな子供と思えない、しっかりとした口調と言葉で話されるマリーと名乗った女児は、室内を見渡し、調度品の生産地まで見透かし伝えてくる事に、ラーシェは驚いた表情のまま見上げて固まってしまった。 青光りする漆黒の髪と大きな瞳はブルーブラック。透き通る白い肌。遠縁と言うだけあって美しい人形の様な見た目をしていた。 マリーは、ラーシェを見下ろして少し困った顔をし、腰を下ろしラーシェと目線を合わせると眉を下げた。 「ラーシェ様、大丈夫ですか?わたくし何か御気分を害しましたでしょうか?驚かせた事は申し訳なく思ってますのよ?」 すぐ側まで近付いた距離で、マリーの顔が良く見える。幼い子供なのに、既に、淑女の様な雰囲気を持つ彼女。その美しいブルーブラックの瞳に、ラーシェはゴクリと唾を飲み込んだ。 歳を重ねたら…どれだけの美しさを纏うのか…。 余計な考えが頭に浮かび、ぎこちなく首を降った後、小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせた。 ゆっても自分は、老舗大店の娼館頭目だ…。辺境地の小さな歓楽街。ではあるが…それでもこの街は、自分の庭。 一度ゆっくりと目を閉じた後…目を再び開けた時には、落ち着きを取り戻しラーシェは、しっかりマリーを見返し、艶やかな笑みを浮かべた。 「いいえ。マリー様。こちらこそ、取り乱し申し訳御座いません。この様な状態…お恥ずかしい。腰を上げさせて頂きたく思います。」 ラーシェは立ち上がり、マリーが立ち上がるのを待つと、姿勢正しく深く腰をおり、お辞儀をした。それは貴族とは違う、庶民の商業を営む者の最大級の礼だ。 「「歓楽街ノーチェ・総元締めグリーナ」より改めて、総元締めを務めさせて頂く。予定で御座います「ラーミアンシェ娼館頭目ラーシェ」に御座います。 我が娼館は、歓楽街ノーチェが、産声を上げた時よりこの場で「賄い」を行っておりますれば、その歴史に、相応しい調度品を、揃えております。 「高貴なる方々」を、お迎えするに相応しい場所では御座いませんが、わたくしが出来る最大級の「おもてなし」をさせて頂きたく思います。 歓楽街ノーチェは我々の街…。わたくしの庭に御座います。本来なら、そこで起きた出来事を、我々自身が対処しなければなりません。 高貴なる方々並びに皆様のお手を煩わす程、放置してしまい、誠に申し訳なく思っております。」 貫禄ある堂々した雰囲気に持ち直したラーシェに、マリーことアンヌは、悠然とした笑みを返した。やはり「大店娼館頭目」を務めてるだけあると感心しながら…。 「いいえ。わたくしはお伝え致しましたでしょう?彼女は「大逆罪」を犯していた。と。 致し方ございませんわ。それほどの「犯罪」を貴女達に、自浄せよ。とはわたくし達は申しませんよ。さぁ…場を整えて「我が主」をお迎え致しましょう。」 ーーーーーーーーーーーーー。 「………先程もお話致しましたけど…直接お会いするお久しぶりですわね。叔父上。」 齢8歳であるまだ幼い見目でも、当たり前の様に 「フィンリル・オブ・プリンセス・ティアラ」 を身につけ、艶やかな微笑みを浮かべる姪は、威風堂々とした「崇高なる皇族」そのものに写る。 甥である、第一皇子カインでも、これ程の覇気はまだ身につけては居ない。 遠見で見前た時ですら、お前ホントに8歳か?と疑問を持ったが、実際にその姿を見て仕舞えば…もう、どう評価すべきなのかガイノスには解らなかった。不可思議びっくり箱である。 「フィンリル・オブ・プリンセス・ティアラ」 を渡した上皇后の気持ちはわからんでもない。否…非常に良く解る。 伝説級のティアラに選ばれる程の「皇女」に育っているとは…流石にガイノスは思ってなかった。 …いかんせん姪の立場は、複雑難解である。実質皇族であるにも関わらず、上皇后陛下も「皇城」に上げる気は無いのだ。 いや…上げれない…。上げて仕舞えば、マリアンヌを旗頭にし「内乱」が起きてもおかしくない。それ程の影響力は既にある。皇城内が荒れに荒れてる今、それは困る。 だと云うのに…。チラリと、煌めくティアラに視線を向け、皇城が、更に混乱する事が想像出来きガイノスは頭を抱えたくなった。 「叔父上??わたくしの話をお聴きして頂いておりますか??叔父上が混乱し過ぎて、意味無く思考を彼方へ向けたくなるお気持ちは、良く理解出来ますのよ??ただね……。問題解決されるお気持ちが無いのでしたら、お帰り頂いて結構ですわよ??」 何しに来た…さっさと帰れ。と伝えてくる姪に、ガイノスは苦笑いを零した。 「そう怒るな…。私は、確認に来ただけだ。決してお前の邪魔をしに来た訳では無い。」 「…。確認ですか……。そもそもこの案件。我が母が追っていた「組織」が始まりに御座います。」 マリアンヌは、そこまで言ってから、何かを言い澱む。ガイノスに伝えるべきか…それとも概要しか掴めて無いからこその悩むなのか…。 ………マリアンヌは少し目を瞑ると覚悟してから、ガイノスを真っ直ぐに射る様に見つめ嫌そうに顔を顰めた。 「………本当に………父だとは……認めたくは御座いませんが…………。我が父・ディゾッソ皇帝陛下は……一体何をなさりたいのですか? 我が母…マリーアンナ元皇帝妃は…。我が父を庇っていた…。何故…そこまで??母は…帝国の為にだけ生きてた方でしたでしょう…? 叔父上…わたくしがまとめた資料は、決して…決して…外部に出さぬ事をお勧め致します。」 硬い表情で、マリアンヌは数十枚の紙を此方に差し出した。それをガイノスが受け取るのを見て小さく頷く。渡された紙に、視線を向けビッシリと書き纏まれている内容を読み込み…ガイノスは苦虫を噛み締め眉間に深く皺を寄せた。 「…この場で、口に出す事は憚れます。口に出すのも悍ましい…。コレを…外部に放出されてしまうと……「帝国」が滅びます。確実に。ですからソレは、読み込み破棄して頂くか厳重に保管を。 叔父上…もう一度お伺い致します。 我が父は…帝国を滅ぼし兼ねない女を…何故… 「帝国皇帝妃」になさったのですか? こんな…こんな…人として、下種としか言えぬ行いを平気で出来…自分の行いの結果を解ってない。ご自身の欲にしか興味の無い浅はかさ。 「オーガナイザー大公」は馬鹿なのですか?何故「大公」を未だに名乗れてるのです? 母上は………。こんな事の為に…命を散らさなければなかったの??母上は…何故…。そればかり頭に浮かぶのです。母上は、自身がボロボロになるまで闘っていた。勝つつもりだった筈…なのに…わたくしを置いて・託し命を散らした…。 何故?何故?理解が出来ぬのです…。この「結果」に行き着いて…一つ解るのは、母上は、我が父を庇いながら、奴らを追って居たから…オーガナイザーの策に嵌り…皇城から放逐される事態に陥ってしまった。 ………庇い切れる訳無いのに………………母上の足を引っ張ってるのが、ディゾッソ皇帝陛下と当時…寵姫であったミリア皇妃なのだから…。母上が…気付いてない訳がない…。意味が解らない…。母上は…あんな男を愛してたの?」 泣き出しそうな表情を向けるマリアンヌにガイノスは何も言えなかった。視線を、報告書に戻す。この結果を冷静に見てしまえば…マリアンヌがそう思ってしまうのも解らなくはない…。 だが…それは違うとガイノスは解って居た。 「……。マリーアンナは、兄上を、家族として愛していた。それは間違いない。出来の悪い弟を愛してる。様な感じだった。男としてではない。それは断じてない…。 ……皇帝陛下はな…。初代皇帝陛下の様になりたいんではないか?と…マリーアンナが苦笑いで言って居た事があった…。」 「……………。馬鹿なの?器ではない。初代皇帝陛下の理念すら忘れてる者に。出来る訳ないでしょう!!!」 激昂してワナワナと震える唇を、怒りを飲み込む様に、大きく息を吸い込む仕草をしたマリアンヌはギュと硬く手を強く握りしめた。 「叔父上。わたくしは。皇族…いえ…ディゾッソ皇帝陛下とマリーアンナ皇帝妃の第一子・第一皇女として、母上がやり残し、我が父が犯した罪の全てに責任を取りたく思います。 ですから…お祖母様にお伝え下さい。 わたくしが「フィンリル・オブ・プリンセス」として皇城に上がる事は、決して御座いません。…上がる事は出来かねます。 わたくしが、そちらに上がる時、それはわたくしが、全てを終え、我が父・ディゾッソ皇帝陛下に鉄槌を下す時ですわ。 わたくしは、我が父・ディゾッソ皇帝陛下を皇族として決して認めない。 たとえ反逆と思われる事になろうと…。わたくしはわたくしの成すべきを成します。 ………どうか…ガイノス皇弟殿下。わたくしの贖罪を止めないで下さいね。 この惨状を、引き起こす遠因となった、我が父上の過ちは、わたくしが責任を持ちます。 ですから、ガイノス皇弟殿下・上皇后陛下は皇都を御守り下さいませ。そして…第一皇子カイン殿下を、しっかりお育て下さい。二度と、この様な無様な問題を皇族が犯さぬ様に…。 我々皇族の責務を果たしましょう。」 「贖罪」…重い言葉を使って話すマリアンヌにガイノスは、自分・母上・兄上の不甲斐なさに、怒りを通り越して情けない思いが胸を締め付けた。 まだ幼い彼女が、途轍もなく重く大きな物を、その小さな背に乗せ、真っ直ぐに進もうとしている。 例え…父を否定し、父に、牙を突き立てる事になろうと「贖罪」を果たす。 そんな悲しい決意を、彼女にさせてしまった。我々の狡さと弱さを、突きつけられた気がして、心が冷えて硬くなってく気がした。 「……この調査結果の精密度はどの位なのだ?」 やりきれない虚しさに捉われながらも、今すべき事を考えて話を進めれば、マリアンヌは小さく笑みを浮かべた。 「わたくしの諜報部諜報班の者達は「世界一」だと自負してます。その彼らの情報とバースが見つけた「裏帳簿・各種裏ルート」こちらにある「従僕達の日誌と顧客個人用の日誌」。その全てを精査した結果に御座います。角度は高い。ですわ。 わたくし個人で、調べ上げた、ミリア皇妃の「行動パターン・思考パターン」を重ねれば、自ずと答えは出ます。 ですが、是非ご自身の「目・耳」をお使いになり「精査」して下さいませ。」 「…わかった。コレは…皇都内については…我々が預かろう。」 瞳から脳に情報として入り込んでくる、報告書の内容は、心の奥深い場所を埋める様に、暗く激しい失望感が広がっては溜まる。 後悔したところで、意味は為さないと解っていても…深く自己嫌悪に陥る。何故…あの時…と。 もしくは…姉上・ベルメル第一皇女が、皇城を、飛び出すのを止めれていたら…と。 「まだ、御座います。わたくしの部下が、地下通路を調査した結果…。まだ途中ですが…。 地下通路は、様々な場所と繋がっております。 その一つ…伯爵家近くに繋がる場所。とある屋敷にて、この末端組織の頭と思わしき人物が、殺害されて居るのを発見致しました。殺害され、おおよそ…一週間は経ってる。との見立てに御座います。 我々が、また、後手に回りました。 ガイノス皇弟殿下。至急、軍部・全ての地区・辺境部隊の監査をお勧め致します。 軍部尋問部・ジンバ直属の上司が見当たりません。逃げたのか…消されたか…。または…入れ替わっていたのか…。兎に角…今、わたくしが、貴方様にご報告出来る事は以上に御座います。 そろそろ、大店に向かわねば成りません。宜しいですか?」 「鼠は、全て把握してる。兎に角…まずは大店に行こう。」 「はい。まずは、其方に。」 胸の中にある正体不明な不可解な黒い感情が、あふれ出そうになり、重い暗鬱が鉛のように胸に詰ったガイノスは、それを飲み込む様に大きく息を吸い込んで、長く細く息を吐いた。 ガイノスを正面に捉えてるマリアンヌが、こちらを心配そうに見て居るが、目で大丈夫だと表した。 皇帝妃と奴隷商の癒着・有権者との賄賂・忖度…一体どれだけの金が動いてるだろうか…。それに、軍部内に鼠がまだ居るとの指摘。 マリアンヌは、暗に、この御領地だけの話では無い、帝国内全て広範囲の可能性があると言っている。 緩く首を振ってから、マリアンヌと共だってソファーから立ち上がった。 「どちらにしろ…徹底的にやらなければな。」 マリアンヌが、皇女として覚悟を決めている。ならば、自分達も決めなければならない…。どう贖罪を果たすべきなのかを。
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