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「長三山さん。こっち」
指定されたカフェに来たミヒロに木田は手を振りながら満面の笑みを見せる。
(この人は……!)
ミヒロは笑顔を返すこともなく、むっつりした顔で木田の前に座る。男はそんな様子に一瞬だけ驚いた顔を見せたが、店員を呼ぶとメニューを持ってこさせた。
「長三山さん、何か飲みたいものある?」
「ありません。携帯電話を返してください」
ミヒロはぎろっと鋭い視線で木田を見つめ、そう答える。
「どうしたの?」
男は携帯電話のお礼を言われると思っていたので、不機嫌な様子のミヒロに怪訝そうな顔をする。しかし、ふとある考えに思い立ち、にやっと笑う。
「もしかして、ばれた?僕が昨日電話に出たこと……。パトリック。怒ってた?もう仲直りしたの?」
(この人は!)
ミヒロはまったく反省の色がなく、むしろ面白がっている木田に怒りを覚える。
「仲直りって。わかっててやったんですね!最低!」
「最低?だって僕は君のことが好きだもん。手に入れるために誰を傷つけても構わない」
「?!」
「僕は君が好きだ。だから電話に出た。パトリックなんて傷つけばいい」
(何て人だ!)
ミヒロは運ばれてきた水の入ったコップを掴むと、中身を木田にぶちまける。
「最低!あなたなんて大嫌い!携帯電話を返してください!」
空になったコップをばんっとテーブルの上に置くと、ミヒロは男を睨みつける。木田は呆然としながらもポケットから電話を取り出すとミヒロに渡した。
「これはクリーニング代です!」
ミヒロは財布から千円札を2枚取り出し、テーブルに叩きつけると店を後にした。
(最低だ、最低だ!)
怒りはなぜか涙を生み出し、ミヒロは泣きながら街をさまよう。パトリックに電話をかけるが電話に出ることはなかった。
(館林さんがうまく言ってないのかな。勘違いしたまま?パトリックは私が木田さんとそういう関係になったって勘違いしたのかな?でも、そんなこと!)
木田への怒り以外にもパトリックが自分を信用していなかったという考えにいたり、ミヒロは悲しくなる。
家に帰る気がせず、街を歩き続け、数時間後公園にたどり着いた。寒さに身を凍りつかせたまま、ベンチに座る。日が沈み始め、薄暗くなった公園にクリスマスの色とりどりのイルミネーションが点灯し始めた。
(明日はイブ……明日の夜に帰ってくる予定だけど。帰ってくるのかな)
急にミヒロは不安になり、携帯電話を抱え、膝を抱え猫のように体を丸くした。
しかしそんなミヒロの様子とは異なり、周りを通り過ぎるのは楽しげな家族やカップルだった。
(どうしよう。帰ってこなかったら……)
ミヒロは抱えた膝に、顔をうずめる。携帯電話が鳴らないかと祈る。しかし着信音が鳴ることなく、そのうち公園はすっかり暗くなり、近くに教会でもあるのか聖歌が聞こえてきた。
それを聞きながらミヒロは電話が鳴ることを祈った。
「ミヒロちゃん?」
どれくらいそこでじっとしていただろうか、聞き覚えのある声がした。
「伍さん!」
現れた男は黒のコートを羽織り、茶色のマフラーを首に巻くアキオだった。その手には仕事帰りを表す鞄を携えている。
「どうした?帰らないの?」
アキオは微笑むとその隣に腰掛ける。
「……伍さん。どうしよう。パトリック帰ってこないかも」
寒さで顔色を変えたミヒロが泣きながらそう言う。先ほどまでに流した涙は冷たくなり頬に張り付いてた。
「何かあったの?私が話を聞いてあげよう」
アキオはマフラーを首から外し、ミヒロの首元に巻きつけ、その頬をハンカチで拭う。
ミヒロはその優しさに感謝しながら、話し始めた。
「またヘルニアぁ?!」
午前中のパトリックの態度を詫びるために、ツアーの最終地のホテルに館林は向かった。そしておば様達を見送り、添乗員に詫びを入れた。午前中は散々だったが、午後はパトリックがうまく立ち回ったため、苦情がそれ以上出ることなくツアーは終了した。機嫌のいい添乗員と別れ、パトリックと事務所に戻ろうと車に乗ったとき、異変は起きた。ふと運転席に座り、館林はあいたたと動けなくなった。パトリックは彼をどうにか後部座席に移動させ、事務所のユウコに電話をかけると車を運転し、病院に急行した。
診断はヘルニアだった。
「確かに癖になると聞いたことがあるが……」
館林は病室に搬送され、ベッドに横になりながらそうつぶやく。まさか再発するとは思わなかった。手術は明日に決まり、今日は病院に泊まることになった。
「悪いなあ。二人とも」
館林はベッドに付き添うパトリックと事務所から慌てて飛んで来たユウコに申し訳なさそうな顔をする。
「イイデスヨ。ベツニ」
「明日からのガイドは別の人を手配しますね」
ユウコはいつもの調子でテキパキとそう答える。
「そうだ、ミヒロと話したぞ。やっぱり勘違いみたいだ。何でも携帯を無くして木田が持っていたらしい。電話したほうがいいと思うぞ。すごく心配してたから」
「はい。ソーシマス」
パトリックは館林の説明に安堵すると、電話をかけるために慌てて病室から出ていく。
4人部屋の病室には珍しく館林以外の患者はいなかった。部下が去り、しんと静まり返った病室でベッドの上の男は恋人を見つめる。
「鈴木……。悪いな。また面倒をかける」
「いいですよ。そんなの」
「あークリスマスなのになあ。デートもできそうもない」
「それは確かに残念です。でもしょうがないです」
ここ数年、クリスマスは女友達と騒ぐくらいしかしてなかった。今年は館林と一緒にロマンチックに思ったが、ヘルニアとあればそうとも言ってられなかった。
「まあ、退院後俺の家で楽しもう。鈴木の料理に期待する」
「え~。料理ですか。七面鳥とかですよね」
「嘘だ。俺はお前が一緒にいるだけでいい」
料理について考え始めたユウコに館林はそう言って笑いかける。そしてキスをしようとし、腰の痛みにうっと唸る。
「くそ、頭にくるヘルニアだ」
「それくらいが社長には丁度いいかもしれませんね」
ユウコは悔しそうな館林に向かってクスクスと笑った。
「パスポートは持った?」
「はい」
アキオの問いにミヒロはうなずく。玄関の前では母が心配げに見ている。
「お母さん、大丈夫です。私がちゃんとパトリックのところまで送り届けますから」
パトリック並みの爽やかな笑顔を浮かべるとミヒロの母が安堵の表情を浮かべる。
「じゃ、母さん、行ってきます」
母にそう言い、ミヒロはタクシーの後部座席、アキオの隣に座る。
目指す場所は空港だった。
数時間前、事情を聞いたアキオは『不安なら会いにいけばいい。私も決めた。アイリーンに会って確かめる』、そう言い、現地に行くことを決めた。
それからすぐに航空券を手配し、ミヒロの家で落ち合うことになった。
タクシーの中で、ミヒロもアキオも無言だった。それぞれが、愛しい人のことを考えていた。
(会えないかもしれない。でも絶対に会ってやる。こんな苦しい想いはもう終わらせる。恋人になれないなら、友達でもなくてもいい)
友達から進展するかもしれないとその立場に甘んじていた。しかし日々募る想いに友達になれないことがわかった。
(爱玲。我爱你(アイリーン、愛してる))
アキオは返事が来ないことをしりながらも、携帯電話を取り出すとメッセージを送った。
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