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「え?」
「おやすみなさい。」
「……あのぉ、どなた様かいらっしゃるんですか?」
いや、もちろん、もちろんいない。
誰もいないにきまってる。
わかってる。知ってる。当たり前だ。
だって、唯一いた嫁だってもう死んだんだから。
でも、似てた。
聞いたのはもう何年も前のことだったけど、その声に聞き覚えがあったんだ。
「もしかして、お前なのか?」
今更名前を呼ぶのが気恥ずかしくて、あと別人だったら気まずくなるから名前は呼ばなかった。
「そうだったら、返事をしてくれ。……姿を見せてくれ。」
願いが通じたのか、そういう仕様だったのかなんなのか。
徐々にスマホの画面が明るくなってきた。
ひゅ~どろどろどろ……なんて聞こえてきそうな雰囲気だ。
「ひゅ~どろどろどろ……。」
「本当に言っちゃったよ。なにそれそういう仕様なの?それとも金か?金がなくて効果音つけれなかったの?効果音くらいつけてやれよ……。もっと他にケチるとこあったよきっと。動画とか動画とか動画とか。」
「どろどろどろどろどろどろ。」
「あ、うん!ごめんな!そうだよなぁ頑張ってたもんな!水をさして、いや泥をさして悪かったよ!」
そこまで言うとやっと効果音もとい声は止んだ。
「……姿を、見せてもらえるか?」
恐る恐る声をかけてみると、画面がパッと明るくなった。
そこに映し出されたのはまぎれもない。
「誰!?」
映っていたのは高校生くらいの少女だった。
ああ、やっぱりあんな超テキトーなプロフィール書いたから違う幽霊もとい人が来てしまったんだ。
嫌な汗がこめかみを伝う。
俺はスマホを枕に立てかけ、その前に正座した。
「ご、ごめんなさい!あの、多分手違いなんです。僕は死んだ嫁のこと書いたつもりだったんです。」
「ちょっと、落ち着いてよ。」
土下座で更に続ける。
「そりゃあんだけしか書いてなかったら間違えるのも無理ないよね。でも本当に手違いなんで!絶対に手違いなんで!帰っていただいてもよろしいでしょうか!?」
「落ち着けって言ってるでしょ!!」
え?え?え?
下を向いているから顔は見えないけど、やっぱり嫁の声に似てる。
恐る恐る顔を上げると、そこにはやっぱり少女が映っていた。
「もう、よく見てよ。私よ、私。」
言われた通り、もう一度まじまじと少女を観察する。
黒いセミロングに切れ長な目、白い肌とセーラー服。
「いや……JKにしか見えないです。」
「はあああ?私もうアラサーよ。喧嘩売ってるの?」
「いやいや、本当に!」
俺の言動は確かに不審だが、不審者を見る目で俺を見ないでほしい。
仕方なく俺はスマホに手鏡を向けた。
「あら……。」
「わかった?どう見ても君JKでしょ?」
やれやれ、やっと納得したか。
さあ早々にお帰りいただこうと手鏡をのけると、そこには目を輝かせた少女。
「私、若返ってる!」
「はあ!?」
急に何を言い出すんだ。
「だぁから!死んだときはアラサーだったけど、十年くらい若返ったみたい!バグかしらね?」
「そんなキラキラした視線を向けられても…まず第一俺は君のこと知らないから。」
「はあああ?」
キラキラした目から一変今度は蔑むような視線からの捨てられた子犬のような目で少女は俺を見つめる。
「いくら仮面夫婦やってたからって、嫁の顔もわかんないの?」
「……え?」
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