出会い

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出会い

5秒前。ま夏の太陽は運動場の砂からぜんぶの水分を吸収しようと企んでいてまるでサファリパークをつくりたいみたいな校舎の、静寂の中聞こえるのはペンのカリカリいう音だけで教師は赤ペンを握りしめ書類を丁寧にファイリングしている。 4秒。かたり、とペンを置く音とともにため息があちこちで漏れる。啓太は時計の針に目をやって今回は簡単なテストだったから結構手ごたえあるなと感じていた。 遥はまだ眉間に皺を寄せたまま文字の羅列を読み返して翔はもう諦めたのかずっと居眠りしていてしずかちゃんは啓太の方ににっこりと合図を送るくらい余裕があって、そんなそれぞれの過ごし方を教師は一瞥で読み取ってなんとなくため息をつく。 3秒、2、1、 チャイム! 終わったーとあちこちで歓声がきかれた。 はい、後ろの人から集めてー!教師は叫びやすみだーと翔はドッジボールを確保しに走り 啓太は学級委員の鏡よろしく30人分のテストを担任に手渡しにいく。 20分休憩の過ごし方は様々で大きな校庭の楠が陰と木漏れ日をおとす涼しい窓際に女子達が集まり、翔はドッジボールするぞーとクラスほとんどの男子を引き連れて行ってしまい担任に今回は難しかったとか文句を垂れる連中は先生の机の周りに集まった。 啓太は遥に、一緒にドッジボールやらないかと声をかけるが遥は頑なに首をふり、本を一冊持って自分の机にひとりぼっちではりついていた。彼は自分自身の殻にこもっているようで見えないバリアを張っている。 打って変わって喧騒。ガヤガヤとなる教室。 そんな場所でひとりぼっちで本を読むのがどんなに寂しくて苦しいか啓太にはわかる。だから誘うのに遥ときたら誰にも心を開こうとしない。 彼は相当な変わり者だからだ。 遥のランドセルは赤やピンクでもなく黒や青でもなく黄緑。 彼の愛読書は手塚治虫の火の鳥と江戸川乱歩の怪人二十面相。 毎日学校が楽しくなさそうな表情で登校し授業は真面目に聞くがどこか上の空で成績は良くないしやすみ時間は誰とも関わらずひたすら本と対話し、下校は真っ先にひとりぼっちでそそくさと退散する。 そんな遥が気の毒でないはずがない。 彼の上靴には涙がしっかり染み込んでいることを啓太は知っている。だから、ちょっと声をかけるのだが。 なあ、今日お前んち行っていい?遊ぼうぜ ごめん、今日はピアノがあるんだ。 そっか なあ、今日お前んち行っていい? 今日はスイミングスクール行かなくちゃ わかった 今日は何もないだろ?お前んち行っていい? 今日はそろばんがあるんだ。 仕方ないな こんな調子だ。 しかし啓太はふと思い当たってもしかして家を知られるのが嫌なのか、それなら、と試しに聞いてみた。 今日俺んちこない? 遥は、長いこと考えた。カップラーメンが伸びてしまいそうなくらいの時間が経った。そして返事をした。 今日は習字の先生が来るんだけど、休みにしてもらう。啓太君ち行くよ。 啓太は内心ガッツポーズだった。そこから遥のバリアはゆっくり剥がれていった。 小学生が大人になるのは早い。しずかちゃんは勝手に綺麗になっていき、相変わらず啓太に優しい眼差しを送ってきた。翔は竹を割ったような性格だったから遥の黄緑のランドセルに対して興味をもたずドッジボールの仲間にすんなりと彼を受け入れた。遥は運動が下手くそだけどそれなりに楽しんでいるようでオドオドしながらも話すようになった。
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