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34.第二試合から最終試合へ
動かない。
勝負が開始されているはずなのに、ヴァンもベアルグも全く動かない。
お互い、初動を狙ってるのか、動こうとしない。
まぁ、ヴァンに伝えた作戦はカウンターみたいなもんだから、先に攻撃したら意味がないんだけどね。
……でもこの状況、もしかしてこっちと同じ作戦なのだろうか?
だとしたら、パワー勝負のはずなのに、これは完全な集中力と精神力の持久戦だ。
毛皮のせいでわかりづらいけど、二人は冷や汗を垂らしている。
この状態はいつまで続くのだろうか。
一時間は経っただろうか?
ここまで二人は構えた状態から動いていないけど、もう少しで決着がつくだろうな。
なにせ、相手のベアルグの表情がさっきから我慢限界って感じだもん。っていうか、唸り声を出してるし顔が怖いんですが……
「これ、いつまで続くのでしょうか……?見てるだけでも疲れるのですが」
「あ、シーナ。バルトの手当て終わったの?」
「応急処置ですがね。《ハイヒール》を使って傷は回復しましたが、疲れの方は休ませませんと。採ってきたメクラゲ草を使えば体力も回復できるのですが、これはバトル後のコウジに使ってとのことです」
バルト……ありがとう。
まぁ、そのためにはバルトが勝つ必要があるんだけど……心配はなさそうだ。
なにせ、あちらのマスターはもう諦めた表情をしているから。
ここで遂にベアルグが動き出した。
もうホント、まるで野生の熊が襲い掛かってるみたいな感じだよ。
ヴァンがしゃがんでかわすことで、ベアルグは勢いのあまりバランスを崩してヴァンに倒れそうになる。
ヴァンはバランスの崩したベアルグの大きい手を掴んで……
「うおりゃあああぁぁぁぁ!!」
脚に力を入れて、ヴァンはベアルグの二倍以上はある身体を思い切り押しだして浮かばした。
そして宙に浮いたベアルグの身体は、大きな音と土煙と共にフィールドに背からたたきつけられた。
シーンと静まる中、ヴァンが立ち上がってこっちに戻ってきた。
まさか身体を浮かすとは思わなかった……
「やったぜー」
「やったね、お疲れ様」
二ッと笑ってVサインをしてるのを見ると、まだかなり余裕を残してるように見えるけど、毛皮や服が汗でビッショリだった。
うわぁ、これは体力もかなり消耗してそうだ。
あ、力が抜けたように倒れたよ。
「大丈夫か?」
「ああ……気が抜けて……な」
「ずっと集中してたもんね、仕方ないよ」
集中してればそうなるわな。
さて……と。
「次はコウジの番だな……頼んだぜ」
「うん、頑張る」
パシッと……というかプニッとした感じの音でヴァンとタッチする。
まだ慣れないな、この肉球の感じ。
「頑張ってください」
「しっかりな」
「はい!」
さぁ、僕の番だ。 グッグッとストレッチで体をほぐして戦いの準備をしていると、アムルスがマスターにトコトコと近づいていた。
そして、マスターの前でピタッと止まって、コホンと咳ばらいを一つするとマスターを見上げた。
うん、身長差がものすごいね。
まるで、赤ちゃんが2m以上の大人を見上げているような差がある。
いや、もしかしたらそれ以上?
「……まさか一敗するとは思わなかった。速攻で向かってくると思ってたからな」
「今までの我々と思わないでもらおう。こちらとて成長しているのだからな」
「なるほどな。だが、次はヴァノだ。そちらはあの小僧なのだろう?いつまでもつか楽しみだな。チュ~チュッチュッチュ!」
……事実だけど言ってくれるなぁ……
ていうか、笑い方はそんなんなんだ。
「さて、全員まずは離れたまえ」
アムルスが手を上げて言うと、全員がゾロゾロと壁際まで移動する。
様子から察するに、なぜ離れるのかわかってないのは、我がエスクリプスの面々だけのようだ。
そして、アムルスがパチンと指を鳴らすと、地面からバカでかい何かがせりあがってきた。
これは……舞台?なんか昔の武道の勝負で使うような?
石造りだし、これは本格的だわ。
「勝負はこの上でやってもらう。時間は無制限で、降参したり、この台から落ちたら負けな」
わぁお、シンプル・イズ・ザ・ベスト。
とってもわかりやすいルール、ありがとうございます。
第一試合はほとんどズルだし、そのルールならズルをすることはないだろうね。
まぁもっとも、こんな子供相手にすることはないだろうと思うけど……
「んじゃ二人とも、登れ」
四隅にある一番近い階段から上へ上がり、改めてステージを見るとかなり広い。
ヴァノをステージ外にたたきつけるのは、結構大変だな。
降参をさせるのも厳しいだろうから、バトル経験が豊富なヴァノのほうが圧倒的に有利だよ。
まぁ、それ以前の問題もあるけど。
中央で待つヴァノのそばまで駆け寄ると、ヴァノはニヤッと笑った。
「逃げないとこを見ると、どうやら度胸はあるようだな?」
「別に……逃げたら負け犬になるだけでなく、みんなの頑張りが無駄になるから゛!!?」
突然頭に衝撃が走り、僕はその勢いで前に倒れた。
痛くはないんだけど、条件反射で頭を押さえながら後ろを振り向いてみるとそこには、数日ぶりのシルフィーが腕を組んで立っていた。
あれ、なんか怒ってる……?
「えっと……シルフィー……さん?お久しぶり……どうしてここに……?」
「どうしてここに?じゃないわよ。アンタに手紙を持ってきたらギルドに誰もいないんだもん。扉を見てみたら、勝負のためでの休業の張り紙とここまでの地図があったから来たのよ」
「わざわざここまで?ギルドのポストに入れといてくれれば……」
「急ぎだから来たのよ!あの獣人を怒らせたくないからね!!」
シルフィーが差し出してきた真っ白なよく見る封筒には、ルーシィと書かれた差出人の名前があった。
ルーシィ……聞いたことがない名前だな……っていうか、こっちの世界の獣人の名前なんて、まだ全然知らないのだけれど。
「なぁ、ヴァン?あの子は誰なんだ?」
「あ~……シールスの街の子だよ。タクトって子の幼馴染らしい」
「たしかタクトって、コウジの身体の元々の名前ですよね?」
あのー……ヒソヒソして話す内容じゃないんだから堂々と言ってくれません?
しかし、このルーシィって獣人は誰なんだろう?たぶんタクトの知り合いのはずなんだけど。
「ねぇ、ルーシィって誰?」
「ああ、そーいえばアンタは知らないわよね。ルーシィさんは……」
「……これから勝負って時になに無視して話し込んでるんだ?あと、そこの子供はさっさと降りろ」
「な、なによ!随分な上から目線なんじゃない?」
「と、とにかく今は彼と勝負するからこれ持ってヴァン達の前で待ってて?話はあとで聞くから」
一旦手紙を渡して言うと、シルフィーはキッとヴァノの睨みつけ、ヴァンのそばに移動してから頬を膨らまして不貞腐れた。
はぁ、手紙の中身とルーシィって獣人の事が気になるけど仕方がない。勝つために、まずはこっちに集中しなきゃ。
二回程深呼吸してから構えると、ヴァノも構えだした。
「覚悟はもういいか」
「お気遣いどうも」
ピリッとした重い空気が流れ、音が一切聞こえないような気がする。
木枯らしがふき、緊張感が増すうえに心臓の鼓動も早くなった。
向こうの世界で部活やってる人やスポーツのプロの人は、試合前だとこんな気持ちなのかな?
いやいや、余計なことを考えるな!今は、この勝負に集中しなきゃ!
首を大きく横に振って雑念を祓う。
「開始!」
魔弾か何かが打ち上げられ、空の方でドオオオオン!!という大きな音が鳴った。 そして、ヴァノが僕に向かって突っ込んできた。
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