210人が本棚に入れています
本棚に追加
その日はなんて事ない、いつも通りの仕事帰り。
テレビの占いが良かったとか、
欲しかった写真集が見つかったとか
そんな嬉しい事も無かった普段通りの夜。
少し前を歩く女性がふらふらしているのは見えていた。
酔っぱらっているんだろうけれど、夜にふらふらしてたら危ないよ。
なんて思いながら見ていると、彼女は路地裏の自販機へ向かって行った。
そうそう。
水でも飲んで酔いを醒ました方がいいよ。
心の中で呟いて、彼女を通り過ぎようとした時。
チャリンチャリンチャリンッ
地面に落ちる小銭の音が響いた。
いつもなら、そのままスルーしたかもしれない。
麻琴からは、もう無闇に女の子に関わらないで下さいよっ。って釘を刺されている。
でも何故だか、体が自然と動いていた。
おぼつかない足取りで歩いている姿を見ていたからなのか、
ただの直感だったのか、今となっては分からない。
私は彼女の財布から飛び出た小銭を拾い上げ声を掛けた。
『大丈夫ですか?』
私の声に反応し振り返る彼女に小銭を差し出す。
『はい、どうぞ』
『あ、ありがとうございます』
向かい合ったその瞬間、息が止まるかと思った。
『ひ、ひーちゃん…?』
『ゆ、結華……ちゃん』
石本結華。
学生時代に恋い焦がれ、自ら突き放してしまった、大切な大切な人。
そして今もなお、心を囚われてしまっている、その人だった。
最初のコメントを投稿しよう!