真夏の雪ウサギ

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 冷蔵庫を開けたら雪ウサギが入っていた。夏場なので外に無いのは分かる。けれど何で冷蔵庫?普通に考えたら冷凍庫でしょう。雪ウサギなのだから。そう思って雪ウサギが融ける前に移動させてあげようと手を伸ばした。けれど 「おい!!何やってんだよ!!」 後ろから怒鳴られ、声の主が乱暴に冷蔵庫の扉を閉めた。驚いて体ごと引いてしまう。 「別に雪ウサギが冷蔵庫に入ってたから、移動させてあげようとして」 「あれに触るな!!」 私の言葉を遮るように彼が怒鳴る。彼の視線はひんやりどころか絶対零度って感じだ。同居までしている女の子に向けるような視線じゃないと思うんだけど。 「なによ!雪ウサギは雪!氷!融けちゃうじゃない!!冷蔵庫と冷凍庫の違いも分からないの?!」 腹が立ってしまってこっちもついつい強く言い返してしまう。すると彼は頭を抱えてため息をついた。一体全体なんだっていうのよ? 「良いんだよ。あの雪ウサギ、融けないから。」 融けない雪ウサギとは一体何なのか。確かにひんやりした冷蔵庫の中で雪ウサギは全く融けていないような気がするけれど……。気になって彼の周りをうろうろしていたらようやく観念してくれた。 「あの雪ウサギは雪じゃないんだよ。」 「へー?じゃあ何?」  学校で女友達に呼び出されて何か渡された。 「なにこれ。」 「塩。」 「は?」 「それもただの塩じゃないの。海水を天日干しして作った塩に知り合いの神主さんが清めのパワーを込めてくれたやつなの。」 袋の中を見て見ればタッパーの中に拳1つ分くらいの量の塩が入っていた。 「受け取らなきゃダメか……?」 「受け取りなさい!あんた、本当にたちの悪いのに憑かれてるんだから!!」 ため息をつきながら塩を持って帰った俺は、雪ウサギの形にアレンジをしてみたのだ。因みに目は黒ゴマで耳は小松菜をちぎったものだ。別に特に何の意味も害も無い。そう、俺には。しかし彼女は違う。彼女は駄目だ。だって目の前で興味深そうに俺の話を聞いている同居している彼女は、空中にフワフワ漂っている彼女は――――――誤魔化しようもなく幽霊だった。  「あはははは!おっかしいのー!」 彼女はフワフワ浮いたままそう言って笑った。何がおかしいんだ。だって塩を触って消えでもしたらどうするんだ。そう思って彼女を睨むが彼女は相変わらず笑顔を浮かべていた。 「だって、塩じゃ幽霊は祓えないんだよ?」 元々悪いものを吸収する能力くらいしかないんだと彼女が笑う。いくら清めたからってその力が増すだけで根本的に何かが変わるわけないと言う。 「そもそも悪い力を吸収するんだよ。私に影響なんてないない!!」 彼女がケラケラ笑って冷蔵庫から塩の雪ウサギを取り出す。 「ちょ?!」 「ほらほら全然元気!!」 そう言って彼女が雪ウサギを持ちながらぴょんぴょん跳ねる。そして彼女の手の中の雪ウサギがどろりと融けて表面がツルッと艶やかな光を反射するようになり、じわりと黒く染まる。そうして楽しそうに彼女の手から飛び出して空中を跳ねだした。 「……。」 「…………。」 「黒いんですが……。」 「黒ウサギも可愛いよね。」 「さっき融けてましたが……。」 「塩って水分で溶けるよね!」 俺は考えるのを止めることにした。何にせよ彼女が消えなかったのだからどうでも良い気がする。そう思いながら雪ウサギを置いていた辺りを拭く。その時背筋にひんやりとしたものを感じたが、俺は気にしなかったことにした。 「良かった。私を祓おうと思ってるんだったら、急いで連れて行っちゃうところだったよ?」 彼女がそんなことを言っていたなんて聞こえない、聞こえない。
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