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「大丈夫です。タクシー・・・は空いてないかもしれないけど、バスとかで駅から離れたら時間潰せるお店もすいてると思いますし。」
衣緒は動揺を隠そうとしながら言った。隠せていないのは自分でもわかっていた。
「いや、もう着いたから。」
鈴太郎に言われ窓の外を見ると、マンションの駐車場らしき場所に入るところだった。
「あの、私本当に・・・。」
「バスはもう最終行っちゃってるよ。とりあえず降りて。」
彼は言うと、車を駐車してエンジンを止め、キーを外した。ガタッと鍵が開く音がした。
衣緒は雨に濡れるので腕時計は外していたが、車の時計を見るともうすぐ22時半だった。
こんなに遅い時間に家にお邪魔するなんてやっぱり出来ないと思っていると、鈴太郎が先に降り、傘を広げて助手席の方にやって来てドアを開け、傘に入るように促してきた。
「行こう。」
「・・・。」
ドキドキは止まらなかったがついていくしかなかった。
車から降り、遠慮がちに傘に入り彼から距離をとっていると、傘を自分の方に傾けてくれたので、葉吉さんが濡れてしまう、と思っているうちにマンションの入り口に着いた。
鈴太郎が住むマンションは意外とこじんまりしていた。もちろん衣緒が住むマンションよりはずっと立派だったけれど。
チームリーダーのお給料がどのくらいなのかは知らないが、タワーマンションの高層階的なところに住んでいるイメージを勝手にしていたからだ。
それとは全く違う、丸みを帯びた、かわいらしいと言ってもよいような、リゾート地にある小さなホテルのようなマンションだった。
エントランスを入ると、オレンジ色の温かな照明が迎えてくれ、鉢植えのグリーンや落ち着いた色のリース、控えめで可愛らしいフラワーアレンジメントが飾ってあり、動物のオブジェなんかもあった。ポストや宅配ボックスは木で出来ていた。
なんだか物語の中にでも入ってしまったような、雨ですら演出の一部なのではと思ってしまうくらいだった。
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