雨宿りびより

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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 平然を装って言ったが、勇気を振り絞って放った一言だった。 「コンプライアンス」という言葉が聞かれるようになり久しい今、訴えられても、むしろ今この場で殴られてもおかしくないことをしている。でも、不思議と後悔はなかった。 さっき、シートベルトを締めた時や俺をふいてくれた時、彩木さんからは香水とかシャンプーとか、柔軟剤の香りとかは何もしなかった。そんなことが確認できるほど彼女と近づいたことに俺はドキッとしてしまった。ドラマや漫画でよくあるが、彼女が濡れ髪だったこともより普段と違う気持ちにさせた。 雨の中、皆が急ぎ足で歩いているのに、彩木さんは雨に濡れながら悠々と歩いていた。そんな彼女を見てつい車に乗せてしまったが、これからどうするべきか迷って、口数が少なくなってしまっていた。元々多い方ではないけれど。 彩木さんはどう思っているんだろうー。 彼女、彩木衣緒は、ギフト商品の制作・販売をしている株式会社ハコイリギフトの商品企画部 雑貨チームのアシスタントをしている。 中途採用の契約社員で30歳、もうすぐ勤めて丸3年になる。俺はそのチームのリーダーをしている。 彼女は少し個性的なのだが、ホスピタリティが高く、いわゆる「いい人」の為嫌われてはいない。いや、好かれているが変わっているところがあり浮いてしまっている、と言った方が正しいかもしれない。 例えば、退職する人の送別会や贈り物の取りまとめを勧んでしたり、体調が悪そうな人に薬を渡したり、誰かが肩こりが酷かったら治す方法や良さそうな整体院を調べてきたり、あるキャラクターに興味がある人がいたらそのキャラクターのイベント情報を集めて教えてくれる等だ。 よく言えば面倒見がいい、よくなく言えばおせっかい。 クラスに一人はいる、ノートを借りたい時や絆創膏(ばんそうこう)がほしい時、彼女なら力になってくれるんじゃないか、と思えるような性格の持ち主だ。
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