読経

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読経

 通夜の会場に到着したときも、やはり涙は止まっていなかった。車を運転しているときもずっと涙が流れるので、私は片手運転のまま、必死にハンカチで目を押さえていた。  ところが、私がずっと手にしていたそのハンカチは、なぜかぼろぼろになっていた。ハンカチの一部が綿になって、抜け落ちているのだ。  不思議に思ったが、私にはそんなことに構っている心の余裕は無かった。  香典を渡して会場の中に入ると、既に椅子はほとんど埋まっていた。腕時計を見ると、あと二・三分遅ければ遅刻という時間だった。  私は最後列の空いていた椅子に座ると、ポケットティッシュを取り出した。ハンカチはもう使い物にならない。私はティッシュペーパーを何枚か取り出し、目に当てた。  しばらくすると、僧侶らしき人が入場してきた。僧侶は親友の遺影に礼をすると、静かに腰を下ろし、読経を始めた。  その間も私は、目に当てたティッシュを離すことが出来なかった。身体はもう泣き疲れていて、頭も痛く、ついぼうっとしてしまう。ところが、涙は相変わらず、一向に止まる気配を見せない。  流石にこれはおかしいと思ったとき、ふと目に痛みを感じた。 「痛っ……」  思わず声を上げてしまった。私は、怪訝そうにこちらを見る前の席の人に、軽く頭を下げた。  一体何だろうと思って、重ねたティッシュペーパーを広げる。するとそこには、小さな木片のようなものが三つ、涙に濡れて転がっていた。  私は思わず首を傾げた。こんなものさっきまで無かったのに。  また、涙が一滴、ティッシュに落ちる。私は慌てて、新たなティッシュペーパーを鞄から取り出そうとした。  その瞬間、からんという音が会場に響いた。思わず視線を手の上の木片に動かす。だがそこには木片は無かった。代わりにそのティッシュペーパーに、さっきまでは無かったはずの穴が空いていた。放置するわけにも行かず、私はとりあえず木片を拾い集める。  しかし、私はそれを集め終わって目を丸くした。木片は、五つあった。
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