焼香

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焼香

 焼香が始まったので、私は席を立って列に並んでいた。ポケットには、十数個の木片が詰め込まれている。私が手にしていたティッシュは、完全に消滅してしまっていた。  私は何が起きているかを大体察していた。  毛布やハンカチが綿に、ティッシュペーパーが木片に変わった。これはつまり、モノが蘇っているんじゃないか。現に、毛布やハンカチは綿製品だし、ティッシュも木から作られているらしい。そしてその蘇りは、紛れもなく私の涙のせいだろう。  細かい理屈は分からないが、とりあえず私は、この焼香が終わったら病院に行こうと心に決めた。  今私にできる事は、出来るだけ涙をモノに触れさせないように歩くことだ。そのために私は、あえて目に素手を当てながら並んでいた。  昼寝から起きたときに気付いたことだが、少なくとも自分の『体』は涙の影響を受けない。実際、昼寝から目覚めたときに涙でぐしょぐしょだった頬は、何の変化もない。  この方法だと手首から指先まで濡れて気持ち悪いが、この際仕方がない。それに、大好きだった親友のため、せめてお焼香だけでもあげてやりたい。  自分の番が回ってきたので、私は親友の遺影に向かって合掌し、香を摘んだ。そしてそれを額の前にささげながら、私は心から、親友の天国での幸せを祈った。もちろんもう片方の手は、目に当てていたが。  一通りの作法を終えると、私は再び遺影に合掌し、席に戻る。鞄を持って係員らしき者に体調が悪い旨を伝え、私は会場から出してもらった。  最後のお見送りなのに、こんな無様な状態で来てしまい、申し訳なかった。私は心の中で、親友に謝罪した。
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