夏の夜の怪

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夏の夜の怪

それはある夏の夜。 梅雨明けがまだ済んでいない7月中旬。 湿った空気が部屋を包み、風のない深夜二時。 一度は眠りに入ったものの、中途半端に覚醒した頭は軽い頭痛を覚えていた。 小さく呻きながら、私は枕元のスマホを手探りで探す。 「……チッ」 時刻を見て舌打ちする。 起きるには遅い。でも寝るには……。 「?」 そこまで考えて、ふと聴覚の端の方で何か小さな音を拾った。 ぼそぼそと聞こえるか聞こえないかのテレビの音のような。 何かひしめき合っているような。そんな音の複合。 徐々に覚醒してきている頭を起こし、その重々しさに深く溜息をつきながら真っ暗な部屋を見渡す。 ………ひそひそひそひそひそひそ。 擬音で表せばそんな感じだろうか。 静まっているはずの部屋の隅からする、聞こえるか聞こえないか微妙なそのざわめき。 私の神経を逆撫でする。 どこからするのだろう。 引っ越してきて間もないこの部屋にはテレビはまだ無い。ラジオすらない。 お隣さんの声だろうか……壁を睨みつける。 そこでふと、大家さんとの会話を思い出した。 『ここは角部屋で、さらに隣も上も居ないから』 なんてことだ。 じゃあ、この声は……。 私は四つん這いで窓の側まで這っていく。 ……確認、確認しなければ。 きっとこの声は外の声だ。近所に深夜帰宅のうるさい集団でもたむろしているのだ。 震える手でカーテンを。 引きちぎらんばかりに引く。 顕になった窓。拭いても拭いても汚れの落ちない硝子と木の枠。 違う、外なんかじゃあない。 夜の闇にまみれた背景には、人ひとりとして歩いていなかった。 ………ひそひそひそひそひそひそひそひそひそひそ。 ……こ、こここ、い、こ、い、いいいいいいい。 ……でてこい、でてこい、でてこい、ででてこい。 「!!!」 重なる音が、声が突然大きくなった。 両手で耳を塞いでも、大きな声で遮ろうとしても執拗に耳に入っていく。 「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」 怖くて叫んだ。 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。 脳味噌がその言葉でいっぱいに満たされる。 思い出した。まただ。 また来たんだ。 私を苦しめに彼らが来たんだ。 どうして私にそんな仕打ちをするのだろう。 ただ、静かに暮らしていただけなのに。 そこに佇んでいただけなのに。 ……静かに眠りたいだけなのに。 「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」 ……意識が途切れる直前、私は断末魔の叫びをあげた。
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