とある球児の自殺

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「お疲れ、よく粘った!」 「先輩、お疲れ様です!」 「遠藤、ドリンクあるぞ!よく冷えてるから飲んでいけ!」  項垂れてベンチへ引き下がる大エースに、皆が労いの声を掛けるが。 「……」  遠藤は無言のまま、タオルも取らずにダッグアウト裏へと消えていった。 「……悲壮感出てたな、遠藤のヤツ」 「仕方ねーよ。まさかの大乱調だしな」 「元から、好不調の波が激しいタイプではあったけど……此処まで酷いのは初めて見たな……それにしても『九点差』か……厳しいな」  チームメイトの一人が溜息をつく。 「……仕方あるまい。俺たちは、此処まで遠藤に連れてきて貰ったようなモンだからな。ヤツがダメなら、何も後悔はねぇよ」  絶対のエースを失ったチームに、この九点差は厳しかった。  二番手・香坂が残りイニングをどうにか○点で抑えたものの『優勝の大本命』とされた第一帝政学園は、決勝で涙を飲んだ。 そしてダッグアウト裏に去った遠藤は、ゲームセットの瞬間になっても姿を現さなかった。 「全員、整列!」  審判の号令で内野にナイン達が集合した時、誰もが皆『それ』に気づいてはいたが『あえて』黙って礼を交わし、慌ててベンチへと駆け戻った。 「急げ!尋常じゃぁねぇ! 何処に消えたか知らねぇが、放っておくとアブねーぞ! 皆で手分けして探すんだ!」  キャプテンの号令で、メンバーが一斉に球場中に散る。 「キャプテン、駐車場から連絡が来ました!バスん中にも居ないそうです!」 「香坂先輩からロッカー室にも戻ってきてないと伝言来ました!」 「校医の黒居先生、来てただろ?姿を見て無いか聞いてみろ!」 「トイレも探してますが、個室とかも全部開いてるそうっす! 一応、念のために女子側はマネージャー達が手分けして見てくれてます!」 「くそ……何処へ消えたんだ……!」  ロッカー室を出た香坂も、イヤな予感を必死に押さえ込みながら走り回っていた。  そして内野スタンドへ昇る階段の前に出た、その時。  ふと異様な雰囲気を感じ、吹き抜けになっている『階段の最上部』を仰ぎ見た。 「……うん? 何だ……あれは?」  この球場は階段で三階まで上がり、そのままスタンドの一番上に出られる構造になっている。  その、行き止まりになった踊り場付近。 「だ……誰か来てくれぇぇぇ!」  渾身の大声で叫ぶ。  その震える指が指し示した先に見えていたのは、『宙に浮かぶ二つの靴底』だった。   
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