仲間

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 監督がこの事件について何か重要な手掛かりを持っている可能性は、決して低くないと香坂は睨んでいた。 無論、特に証拠がある訳ではない。だが事件からこっち、監督の仕草が何処か『よそよそしい』と言うか。そう思って見るせいなのか、何処か挙動不審な気がしてならないのだ。  だとすると、チームメイトの中にも『協力者』が居るかも知れない……という疑念もある。  であれば、迂闊に『その辺の仲間に声を掛けて』という訳にもいくまい。  では逆に、だ。  『どういう人間がアヤしい』のだろうか。  もしも遠藤先輩の死に『裏』があるとするならば、なるべく自然体を装いたいと考えているに違いない。  現時点では、先輩の死は『自殺』として処理されているから『出来る限りそのまま沈静化して欲しい』と願っているだろう。つまり『黙って口をつぐんでいるヤツ』には要注意という事だ。  とすると『何かをアヤしんで調べているヤツ』……例えば自分のような人間が他に居ないか探すべきかも知れない。  朝練は部員の自主性に任せられているから監督は姿を現さない。  各々、自分のメニューをこなした後は三々五々に解散してロッカー室へと戻る。  香坂はブルペンの片隅で丹念にクールダウンのストレッチをしながら、部員達の様子を注意深く観察していた。  すると。 「……香坂先輩、何を見ているのです?」  後ろから、声を掛けてくるヤツがいる。  一瞬ビクリとして振り返ると、そこに居たのは……まるで小学生かと思うほどに小柄な女生徒だった。 「何だ……コガラか」  香坂が溜息をつく。  「はぁ? 毎度言いますが、私の名前は『小柄(こづか)』であって、コガラではありません。人の名前を間違うのは失礼ですよ?」  抑揚の無い冷静な声、五名……いや、三年生が抜けた今は三名いるマネージャーの中で唯一『記録員』としてベンチ入りを認められている一年生の小柄メイだった。 「そうかい? ……別に、見てる事に何も意味は無いよ。ただ、今日から練習再開だし。僕らもこれから部を引っ張る立場だから、そう思ってただけだ」  二年生ながら香坂の身長は一八○を少し超えるほどはある。立ち上がってメイを見下ろすと、まさに『よしよし、お菓子でもあげようか』と言いたくなるほどの体格差があった。 「はーん、そうですか。私はてっきり『アヤしい部員がいないか』とチェックでもしてるのかと思いましたが?」  ジロリ、と冷たい目つきで香坂を見上げる。 「……何が、言いたいんだ?」 「『何かがアヤしい』と思っているのは香坂先輩だけでは無い、という事です。それに、監督が不穏当な話をしているのも耳にしましたし。なので『何処かに同志はいないか』と探していたんです」 「監督が……?」  信じていいものだろうか。一瞬、躊躇しないでもなかったが。  だが、コガラは物の言い方こそぶっきら棒だが裏表は無い人間だ。さらには『人間ビデオカメラ』と言われるほどに観察力と記憶力に秀でている。だからこそ、記録員として見込まれてベンチ入りしているのだ。  信じられる仲間としての条件で言うのなら、これ以上はあるまい。 「いいだろう。僕も『仲間を作れ』と言われていたんだ。この事件に何か『裏』があるとしたら、是非とも暴いてやりたいと思っている。……遠藤先輩のために、だ」  そう言って香坂は右手を差し出し、コガラに握手を求める。 「……私、アイドルではありませんので、握手はシュミじゃないですが」  やや不服そうながらも、コガラは小さな手で差し出された手を握り返してきた。  そして冷静な口調のまま、香坂の顔を見上げる。 「香坂先輩、時間を作ってください。監督の話を共有したいと思います」
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