捜査一課 奥薗浩一

1/2
53人が本棚に入れています
本棚に追加
/88ページ

捜査一課 奥薗浩一

 サイレンと供に警察がやって来たのは、救急車とほぼ同時だった。  試合途中で消えた『遠藤』は首に巻き付けられたロープで、踊り場の手すりからぶら下がっていた。 力無くだらりと、顔を右に傾げながら。  警官がそれを指差して救急隊員に「あれは助かる見込みがあるか」と聞いたが、救急隊員は悲しげに首を横に振り「少なくとも通報から二分以上経ってますので」とだけ答えた。生死の判断は医師で無ければ出来ないからだ。  警察は状況証拠となる写真撮影だけを先に行い、それから消防から借りた長いロープで遠藤の身体を結わえ、そのままゆっくりと階下へと下ろした。持ち上げるより、下ろす方が早いからだ。  そしてそのまま、チームメイトや関係者達の見守られながら『遠藤』はストレッチャーに載せられて救急車へと消えて行く。  その顔は頭から被せられた白いシーツで覆われて、見る事は出来なかった。  「あー……君が香坂君かな?香坂ジュイチ君」  捜査員の男が、香坂を呼び止める。白髪交じりの、ベテランぽい雰囲気の刑事だった。  「え、は、はい。僕は香坂ですが?」  呆然としていた所に急に呼び止められ、香坂が面食らう。 「通報をくれたキャプテンに『君が第一発見者だ』と聞いたものでね。詳しい話を聞きたいんだが。今、少しいいかな?」  大きめの手帳を広げ、何やら書き込みながら刑事が尋ねる。 「ええ……分かりました」  事情聴取、ってヤツか。香坂は、鼻をつくタバコのヤニ臭さに少し閉口した。 「まぁ……粗方の話はさっき監督さんに聞いたんでね。それが『不調』のせいなのか『責任感』なのか、それとも全く別の原因なのかは我々には分からんけども」  刑事が、階段の上を見上げながら溜息をついた。 「ま……自殺、と見ていいだろうな。試合内容も良くなかったと聞くし。本来は良い投手だったって?」 「第一帝政学園の『遠藤シゲル』って知りませんか?」  ムッとしたように香坂が問い返す。 「最高球速一六二キロの、今大会最高投手って呼び声高かった先輩なんです!」 「……スマンな。高校野球は興味なくてね。だが、今日は『良くなかった』?」 「ええ、そうです」  馬鹿にされたようで、香坂は短く返した。 「最後に姿を見たのは『五回表』?ダッグアウト裏に消えてからは誰かが見たという話は聞いてない?」  刑事は意に介していないようだ。 「……試合中は皆、グラウンドに集中してますから。特に七回にはこっちも打線が繋がって5点を返したので。代打・代走で何時、誰がグラウンドに呼ばれるか分からない状態でしたし」 「なるほどね……目撃者なし、と」  ……仕事とは言え、だ。人がひとり『死んだかも知れない』というのに、よくもまぁこうも淡々としていられるものだと思う。  香坂は、刑事の態度に苛つきを感じていた。
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!