53人が本棚に入れています
本棚に追加
/88ページ
WSADA 水野ミサキ
野球部員たちには今回の件について「くれぐれもメディアやSNSに発信するな」と学校側からきつく箝口令が敷かれていた。
迂闊な事を言うと話に尾ひれが付いて、収拾がつかなくなる恐れがあるからだ。
確かに、センセーショナルな事件なだけに取材攻勢も半端ではない。
香坂の元にも、何処から聞きつけたか知らないが『週刊誌ですが』という記者がやって来て「当時の状況を教えて欲しい」と食い下がってくるので正直なところ辟易していたのだが。
あまりに節操が無い一部の取材に対して学校側が看過出来ないとして『一切、取材拒否』の公式声明が出ることになった。
それは、香坂が『やっと静かになった』と感じるようになった、事件から一ヶ月ほど過ぎた頃だった。
「……アナタ、もしかして『香坂ジュイチ』君?」
学校からの帰り、誰かが香坂を背後から呼び止める。
「……そうですけど、取材は」
うんざりしながら振り向くと、そこにはおよそ『記者』というには雰囲気の似つかわしくない若い女性が立っていた。
一瞬、ドキリとさせられる美貌。
黒のスーツを着こなした長身に、長い黒髪。アクセサリーの類は見当たらない。日本人だと思うが、それにしては欧米風なキツい顔立ち。まるで何処か国の『秘密情報局員』とでもいった印象である。
「呼び止めてゴメンね。無論、取材厳禁の話は聞いてるわ。けど、私はマスコミの人間ではないの。なので、出来れば協力して欲しいんだけど。いいかしら?」
疑問符こそ付いているが、その質問に『否定の意思があれば認めよう』という雰囲気はなかった。
「え……あ、あの」
困惑して立ち止まると。
「とりあえず、立ち話も何だから。近くでコーヒーでも飲まない?」
女性が、不意に微笑んだ。
「……それとも、コーヒーは苦手かしら?」
何だか子供っぽく扱われたようで、香坂は少しムッ……と来たが。
彼女の後について、近所の喫茶店へと入った。
最初のコメントを投稿しよう!