119人が本棚に入れています
本棚に追加
第1章 第2話 エロリスト
井上麻莉は反射的に江口探偵の手を払った。
「なにするんですか!」
意味が分からない。いきなり、お尻を触ってきたのだ。
江口探偵は世話がやける子供でも見るような目つきをした後、紙に書きなぐった。
『盗聴器の存在を俺たちが気づいていない方が、ストーカーをおびき出しやすいです。俺が盗聴器を探しているのがバレないように、静かにして下さい』
「ご、ごめんなさい。わたし、てっきりセクハラかと勘違いしました」
「分かればいいです」
江口探偵は再び、スカートごしにお尻を触ってきた。
「っ!……」
麻莉は我慢して、口のチャックを結んだ。
江口探偵の手つきは、手慣れている痴漢のようだった。撫で回し、揉んで感触を確かめ、お尻の割れ目に指を這わせてきた。長かった。満員電車に乗っているような気分になって、最悪だった。見知らぬ人の手が触ってくる不快感。怖くて、何も言えず、泣きそうになった。誰も助けてくれない。
(あ、今は泉美が前にいるじゃん)
泉美は腹を抱えて笑いを堪えていた。何が面白いのか。
このままだと江口探偵のお触りがいつになっても終わらなさそうだった。麻莉は彼の手を止め、デスクに置いてある紙とペンを取った。
『お尻に盗聴器が仕掛けられているわけないじゃないですか。そんなところにあったら、椅子に座った時に壊れちゃいます』
江口探偵はそれを見て頷いた。
「井上さん、探偵の素質があるかもしれないですね。俺の助手になりますか?」
「結構です」
普段はNOと言えない井上麻莉も即、断ることができた。こんな人の助手になってしまったら、身体が一つや二つではもたない。
江口探偵の変態行為はこれで終わったかと思っていた。
麻莉の考えは甘かった。
『盗聴器がどこかに隠されていることには変わらない。近くにあります』
江口探偵が紙に記載する。
麻莉にはその文字が歪んで見えなかった。
(盗聴器なんて、怖い)
江口探偵は有無を言わせず、麻莉のグレンチェック柄のスカートの裾に手を入れ、太ももを触ってきた。
(ヒィイイイイ!)
暑かったから生足できてしまったのだった。長いスカートだったので油断した。
江口探偵は、しきりに井上麻莉の太腿を撫でた後、デスクの紙とペンを取った。
(もしかして、盗聴器を発見したの? こんなところに?)
『井上さん、太もも綺麗だね』
「それ、関係ないじゃないですかっ! いったい、何をやっているんですか」普段大声を出さない麻莉も声を大にした。
勢いよく椅子に座った。
(うー、腹立つっ!)
『井上さん、静かにして下さい。他の場所を調べます。決して喋らないで下さい』
江口探偵の顔は真面目だった。やっと、ちゃんと調べてくれそうだ。
麻莉は胸をなでおろした。
江口探偵が麻莉の背後に回った。何をされるか分からず、麻莉は背筋をピンと伸ばして、石のように緊張していた。
(他の場所ってどこ?)
江口探偵が背後から……麻莉の脇の下から、手を入れてきた。
「ヒィィィ」
カーディガンをはだけさせてきた。中に着ているトップスの上からではあるが、彼の掌が胸をまさぐる。羞恥のあまり自分の頬がぽっと赤くなったのが分かった。
「や、やめてください」
「しっ」
電車の痴漢にだって、ここまでされたことはなかった。麻莉の哀願は聞き入れられず、彼の両方の手が、麻莉の乳房を揉みしだいた。
泉美は、あらあらとウケていた。
なんでこんな辱めを受けているのか。自分の胸がないからか、江口探偵は確認するように緩慢な動作で執拗に揉み続けてきた。
江口探偵が服の中に手を入れようとしたので、突き飛ばした。
「やめてください、警察呼びますよっ!」
「いや、誤解だ。盗聴器を探しているだけだ!」
「胸なんかにどうやって盗聴器を仕掛けるんですか!」
「ストーカーがブラに仕掛けていた可能性はある。気になる女性の心臓の鼓動を聞ける」
「下着は毎日洗っちゃいますよね」麻莉は訝みながら探偵を見た。「そんなところに盗聴器あったらおかしいですよね」
一方、泉美はデスクに置かれた盗聴器発見器で遊んでいた。
「これ、麻莉の鞄に近づけるとランプの色が強くなるけどぉ」
「え」
(もしかして、鞄に盗聴器? 今までの探偵のお触りはいったい……)
言いようのない怒りを感じた。温厚で有名な麻莉もペンを圧し折りたい気分だった。
「おっと、服じゃなくて、鞄に仕掛けてあったか」
江口探偵は麻莉のバッグの中を許可もなく探っていく。
盗聴器発見器に反応していたのはスマホだった。
「なるほど。スマホの電波に反応してしまっていたか」
「えーと。盗聴器はなかったってことですか?」
「そうとも言う」
「帰ります」
麻莉は、ちゃぶ台返しをしたい気持ちを抑え、席を立った。
「待って下さい! 盗聴器は手元には仕掛けられてなかったですが、ストーカーを必ずや、みつけてみせます」
それで二回目以降のお金をとるつもりなのだろう。
麻莉は、「考えておきます」、と建て前の返事しておいた。考える余地はなかったが、小心者なのでメールで断ろうと思った。
麻莉はもう出口まで向かっていたが、泉美は江口探偵にべたべたしていた。
「今後、あたしがストーカーに狙われたら、探偵さんに相談してもいいですかぁ」
「もちろん、相談は無料でやっているので気軽に相談して下さい」
「じゃあ、個人的に連絡先交換しましょうよぉ」
なんで、泉美は電番交換までしているのだか。
麻莉の激憤は収まらなかった。
江口探偵事務所に来ることはもうないだろう、と思っていた。
最初のコメントを投稿しよう!