1人が本棚に入れています
本棚に追加
夏華火 -影-
一人分の足音がテラスの床を踏む。
その家の近くには建物は無く、息をのむほど素晴らしい眺めであった。
「綺麗だなぁ…。」
「うん…。」
暗い室内から現れたもう一人が、隣に寄り添うように浮かんでいた。
「今年も一緒に見れてよかった…。」
「そうだね…。」
命日は花火大会の日で、毎年こうやって花火を見に来る。
今日だけが会える日なのだから。
「…そっちで…うまくやれてる?」
「なんとかね…。毎日色々大変だけど。」
「そっか…無理は…しないでね。」
無理をして命を落としてしまった本人の言葉は、変に心に刺さる。
「大丈夫。まだやらなきゃいけないこと、終わってないし。」
「…うん。頑張って…。」
独りの寂しさが痛いほど伝わって、最後の花火の光が揺れる。
「花火…終わっちゃったね。」
「…あっという間…だったなぁ…。」
光が消えた闇に溶けてしまわないか、不安がよぎる。
そっと触れた手には、生きている人間の体温は感じられない。
「冷たいな…。」
「仕方がないじゃん…。」
「そろそろ中に入った方がいいかな。」
「うん。」
ひんやりと冷たい手が少しでも温まればいいなと願って。
「今日、泊まっていかないの?」
「そうはいかないでしょ。また来るよ。」
「気を付けてね。」
「うん。おやすみ。」
「おやすみ。」
来年は笑顔で会いに来ると心で誓いながら、月の淡い光の中へ歩き出した。
最初のコメントを投稿しよう!