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午前の授業が終わって、昼休みになると全員がそれぞれの動きを始める。グループで固まる人、個人で机に弁当を広げだす人、一目散に食堂へとかけていく人。周りに自分の動きが邪魔されないよう、僕はそれぞれの動きが終わったころくらいからゆっくり動き出す。弁当のない僕は購買組だ。
別館にある食堂の中に購買も含まれる。僕が歩いていくと、購買で買い物を終えた集団とすれ違う。購買組も学内にはある程度人数がいて、早くいかないとパンやサンドウィッチは売り切れてしまう。だから、僕は一通り購買組の買い占めが終わってから残り物を買うことになる。大抵、残っているミルクパンとタマゴサンドだ。あの大軍勢の中で欲しい商品を手に入れるのは苦行だと思う。購買の横には食堂の食券を買うために並んでいる列がある。購買組の列がなくなっても、食堂組の列はまだ長く待たされたままだ。購買の買い物競争も食堂の待ち行列も僕には耐えられる気がしなかった。
ミルクパンとタマゴサンドを一つずつ買った僕は歩いて、近くに誰もいないベンチに座って食事をとる。別館の食堂と教室をつなぐ渡り廊下から少し外れたところにあるそれは、学生のほとんどに認知されていない僕だけの場所だ。
「進藤くん、ここにいたのね。」
どうやら僕だけの場所ではなかったらしい。
「磯田さん、どうしたの?昼飯、食堂だっけ?購買?そこの廊下を左に曲がればあるよ。」
「それくらい知ってるわ、学内図は覚えているもの。進藤くんがいそうな場所もね。お昼ご飯は食べ終わったの。進藤くんと話したくて。」
そう言って笑いかけてくる磯田さんは今朝の嬉しそうな磯田さんのままだった。
「『ロミオとジュリエット』読みたかったのね。昨日、私の机から本が無くなってたから驚いた。進藤くんが読むなら言ってくれればよかったのに。」
「ん?」
「え?昨日の帰り、本を持って帰ったのは進藤くんでしょ。教室に残っていたの進藤くんだけだったし。」
磯田さんは不思議そうな顔でこっちを見てる。嘘をついている様子も僕を騙そうとしている感じもない。そもそもその動機がない。
「どういうこと?『ロミオとジュリエット』は磯田さんが読むからって借りたんでしょ?」
磯田さんの言っていることがピンとこない。ハッキリとつかめない状況に違和感を感じる。
「だから、その本を進藤くんが持って帰ってんじゃないの?進藤くんと別れて職員室から教室に戻ったら、私の机に置いておいたはずの本がなくなっていたから。」
磯田さんも僕の怪訝な顔を見て表情を曇らせる。
「本を持って行ったの、……進藤くんじゃないの?」
僕を見るその顔には嬉しそうだった磯田さんの表情の跡形も残っていなかった。
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