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『ロミオとジュリエット』 3
「だから、僕は知らない。本なんて構ってないし、気にしてもいなかった。本が今どこにあるかなんて検討もつかないよ。」
僕はその日の放課後、磯田さんから事情聴取まがいのことを受けていた。
「なんでもいいのよ、あの日にあったこと。教室には進藤くんしかいなかったんだから、きっと何かしら見ているでしょう?」
しつこくされる尋問に嫌気がさしてきた。僕はトイレに行くことを口実に一度、その場から離れることにした。……面倒なことになったな。
昼、僕が本を持ち去っていないことが分かった時点で磯田さんは多少困惑をしていたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「そうだったのね。てっきり状況から考えて、進藤くんが持って帰ったのだと思い込んでいたわ。それなら、どこへ行ったのかしら?……進藤くんは心配しなくていいわ。私の管理責任の問題だもの。見つからなかったら、私が弁償する。」
当たり前のことだと思い、少しも心配はしていないかった。それでも僕は「ありがとう。」と一言、磯田さんにお礼を返しておくことにした。
だから、放課後になって磯田さんに呼び止められるとは思いもしなかった。
いつも通り帰ろうとした矢先、磯田さんに呼び止められる。文化祭のことで話をするとのことだ。「昨日の今日でまた?」なんてことを言える立場じゃなかった僕はしぶしぶ磯田さんの呼びかけに応じた。教室にはまだ他のクラスメイトも残っていて騒がしいということで昼に会ったベンチで話をしようと言われた。……僕だけの場所だったのに。
磯田さんは委員長としての仕事があるらしく、僕は先にベンチで待機を命じられた。いつものベンチは静かで落ち着いていられる。放課後ということもあって、いつもは渡り廊下を通る生徒の喋り声なんかも聞こえない。人気のなくなったそこは学校内とは思えないほど穏やかな空間だった。
「進藤くん、お待たせ。」
これさえなければ。
磯田さんは背負っていたカバンをベンチの隅に置くと、僕の横に腰を下ろした。四人掛けのベンチが僕と磯田さん、お互いのカバンで満席になった。
「文化祭のことって何を話すの?まだ劇目を決めただけで配役すらしてないでしょ?話すことなんてないと思うけど。」
「それなんだけど、……ごめんなさい。本当は違う用事があって、進藤くんと話したかったの。」
磯田さんが僕の方に上半身を向けて真剣な眼差しで話してくる。まるで告白でもされそうなセリフに恥ずかしくなって、僕は磯田さんから目をそらした。
「その前に一つ確認しておきたいことがあるの。」
「……何?」
「進藤くん、昨日私の机から『ロミオとジュリエット』を取ってないのよね?」
「……うん、取ってない。」
「本当?」
「うん。」
そういうと、磯田さんは頭を抱えて僕の方から前に向き直った。そういえば、本がどこにあったのか聞いていなかった。本のことを聞かれるまで、昼に本が行方不明なった話をしたことすら忘れていた。
「もしかして、まだ本がどこにあるのか見つかってないの?」
磯田さんは僕をチラッと横目で見て、静かに頷いた。
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