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おとぎ話を聞かせてよ
おとぎ話の続きはこうだ。
翌年、白薔薇が満開の庭で、僕の手術の成功と退院祝いと共に、兄さまと海里先生の結婚式を改めてした。
参列者は僕だけだったが、少しも寂しくなかった。
僕の心臓は規則正しく動き出し、もう締め付けるような痛みはないし、大好きな兄さまはどこにも行かない。ずっとこの洋館で暮らして下さる。
それというのも、海里先生がここに移り住んでくれたからだ。先生は家の問題など様々な困難を乗り越え、男らしく約束を果たしてくれた。
「雪也、手術の成功と退院、おめでとう!」
「兄さまこそ、おめでとうございます」
「あっうん。ありがとう。だが、少し恥ずかしいな。お前に祝ってもらうのは」
兄さまもすっかり健康になり、以前のように清々しさの漂う姿に戻っていた。兄さまらしい凛とした姿がまた見られて、本当に良かった。
ずっと僕の憧れでもあった兄さまの晴れ姿を、目に焼き付けておこう。真っ白なタキシードの胸元には美しく咲き誇る白薔薇が飾られ、兄さまが朗らかに笑うたびに、優美に揺れていた。
そんな幸せな光景に、ふと亡くなった両親を思い出した。天国の父さまと母さまもきっと喜んでくださる。だって兄さまがこんなにも幸せそうに笑っているのだから。
父さま、母さま。兄さまのお相手はとても美丈夫な方で、本当にお似合いですよ。
「雪也くん退院おめでとう。これからも、よろしくな」
「海里先生のお陰です。手術の執刀ありがとうございました。僕……先生のお陰で大人になれます。それから先生もおめでとうございます。弟として嬉しいです」
シルバーグレーのタキシードが、凛々しい海里先生によく似合っており、眩しかった。
「ありがとう。今日からは三人で仲良く、この白薔薇の洋館で暮らしていこう」
「もちろんです。あっでも僕はあと十年も経てば……きっと結婚して父親になっていると思いますよ」
「もう決めた子でも? 」
「いいえ、でも昔……母さまと約束したんです。僕はいつか父親になってこの家を次の世に繋いでいこうと思います、だから……」
ふたりは世間の柵を気にすることなく、いつまでも仲良く愛しあってください。言葉には出さないけれど、そう願っている。
「雪也……お前はそんなことまで考えて。いつの間に、しっかりとして」
そんな僕のことを、海里先生の隣に立っていた兄さまがふわりと抱きしめてくれた。兄さまから白薔薇の香りが届けられると、幼い頃のことを思い出した。
兄さまに読んで欲しいと強請った外国の絵本の内容を……幸せな結末に満足した日々を。
「兄さま、いつかまたおとぎ話を聞かせて下さい……兄さまたちが紡ぐ物語を聞きたいです。僕は海里先生も兄さまも大好きです」
「もちろんだよ。いつか雪也の子供にも、その孫にも話してあげよう。まるでおとぎ話のような僕と海里先生の物語を。そのためにも僕たちは精一杯生きていくよ」
***
時代は巡り巡る──
白薔薇の咲く洋館には、あれからいつも暖かな春が訪れてくれた。
ここまでの月日……兄さまだけではなく僕にとっても、まるでおとぎ話のような日々だった。
振り返れば白髪になった兄さまが、中庭で僕の孫をあやしている。海里先生は一足先に、父さまと母さまのいる高いところへ行かれてしまったけれども……兄さまがおとぎ話をする表情は、いつも幸せで満ちていた。
陽だまりの中、確かに存在する『幸せ』というものを見せてもらった。
「おとぎ話を聞かせてよ」 了
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『まるでおとぎ話』
https://estar.jp/novels/25502558
に対する、雪也視点の物語も、今回でおしまいです。最後まで読んでくださってありがとうございます。
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