僕の兄さま

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僕の兄さま

 湿った咳がコンコンと朝から止まらなくて、苦しくて仕方がない。 「うっ……ゴホッゲホッ……」  枕に顔を伏せてギュッと目を閉じると、目じりに涙が浮かんで来た。ベッドで背を丸め、どんなに咳き込んでも、誰も僕の背をさすってくれる人は現れない。  優しかったお母さまも、頼もしかったお父さまも、僕が十二歳の時、交通事故で亡くなってしまったから。  そんな僕の頼りは十歳年上の、柊一兄さまだけ。僕が育った洋館を守るため、僕を育てるために、兄さまがどんなに苦労しているか知っている。 聡明で清楚な兄さまはいつだって僕の憧れだった。だから兄さまの足手纏いになりたくなくて、必死に具合が悪いのを隠し、最近は学校にも行かず、一日家に籠もって過ごすことが多くなっていた。 「今日も遅いのかな。兄さまは本当に毎日お忙しそう。もう外は真っ暗なのに……」  二階の僕の部屋からは、一階の玄関付近が浮かび上がるようによく見える。 電気代もままならないので、一階は真っ暗で降りるのも怖いけれども、玄関のポーチには橙色の灯りが、以前と変わらず灯っている。   僕はその電灯に影が映るのを、今か今かと待っていた。 「あっ兄さまが、帰っていらした」  ところが、その日の兄さまは、いつもよりも更に思い詰めた表情だった。 心配で慌てて部屋に駆けつけると、手に何か持っていた。目を凝らして確認すると 立派な封蝋が施された封筒だった。  兄さまがそんな暗い顔をしているのは、もしかしてその封筒のせいなの? 兄さまは、そんな僕を見るなり眉間に皺を寄せた。 「雪也、今日は一段と顔色が悪いね。今日も具合が良くないようだ。早く寝なさい」 「はい……でも……それは何ですか」  兄さまの顔が、ギクリと強ばった。 「……これ? あぁパーティーの招待状だよ」 「僕もいつかそんな場所に行ってみたいです。どんなパーティーですか 」 「大人になったら連れて行ってあげるから、雪也は今はしっかり治療しないと」  話を逸らされてしまったが、絶対に何か隠している。兄さまがこういう態度を取る時は、深い悩みを抱えているのだ。  僕では駄目ですか。まだ何の役にも立たないですか。もどかしいです。十歳も年下なことも……病弱なことも。早く大人になり、兄さまの手助けが出来るようになりたい。兄さまの思い詰めた表情に、心配が募ってしまう。 「ほら、もう寝なさい」 「はい……」  背中を優しく押され、促されてしまった。  その夜……兄さまの部屋の灯りはいつまでもついたままだった。  僕も眠れずに、いつまでも息を潜めて見守った。 「僕の自慢の兄さまに、どうか……とびっきりの幸せが舞い降りますように」  僕に出来るのは、天の神様へ……祈ることしかなかった。
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