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「タツ、俺は大丈夫だから」
聖が静かに声を発した。
「あっちで待ってて。タツのお父さんの話聞くだけだろ?何も問題ない」
聖の顔は、多少の緊張は浮かんでいるものの、いつもとほとんど変わらない落ち着いたそれだ。
「でも、聖…っ!」
「困ったことがあったら、ちゃんとお前のこと呼ぶから」
真っ直ぐに龍大の瞳を見て、彼は少しだけ笑って見せる。
その笑顔に、龍大は逆らえない。
ウッ、と呻いて少し後退り、そして。
「廊下にいるから。なんかあったら、ぜってぇ呼べよ?すぐ呼べよ?親父はすげぇタラシでスケベだから、半径一メートル以内には近寄んなよ?」
プッと聖は吹き出した。
「お前さぁ、俺のことナンだと思ってんだよ?フツー男は男に襲われねぇの、知ってるか?」
ククッとこみ上げてくる笑いを噛み殺すようにしながら、情けない顔を見せている龍大を軽く睨む。
「それともお前は、俺が女子だとでも思ってンのかよ?」
それは、仮に思っていても頷いたらアウトな問いかけだ。
聖は小柄で童顔なことに軽くコンプレックスを持っている。
中身はバリバリ男らしいひとなので、女子みたい、と言われることは結構な地雷なのだ。
下手をすると、絶交もんの怒りを受けることになる。
「そうじゃねえけど、その、親父は男女関係なく手ぇ早えし……だから」
慌てたように言い訳する龍大に、そのひとは軽く肩を竦めて言った。
「お父さんの話聞くだけだって。ほら、早くあっち行ってろって」
そのやり取りを、面白そうに眺めていた龍児が、とうとう豪快に吹き出した。
「なるほど、そこまで血筋か」
ああ見えて、龍之介も暁臣君の尻にガッツリ敷かれてるしな。
私は言わずもがな、だ。
本妻の佐和子がいなければ、ここまでこられなかっただろう。
「もう十分だ、龍大、聖君を連れて行け」
「え?話は……」
「たいした話じゃない。聖君、またいつでも遊びにおいで」
今度は私の飼い犬に会ってくれると嬉しいな。
これはもう、仕方がない。
龍大は完全にメロメロだ。
他の人には勃たないというのも、建前ではなく本当にあり得そうだ。
ならば、龍児が取るべき道は一つしかない。
もう一人、子どもを作るしか。
本当はできれば、そうはしたくなかった。
何故なら、佐和子に、さすがにもう出産は望めない。
女性には年齢による超えられない壁がある。
そうなると、余所に子どもを作ることになる。
どんなに外に女を作っても、子どもだけは本妻ただ一人の権利と決めていたのに。
それでも。
子どもたちの幸せには、変えられない。
極道を継ぐ、という、逃れられない宿命を背負って産まれてきた子どもたちだ。
せめて、愛する相手ぐらいは、自由に選ばせてあげたい。
そのひとが傍らにいることで、その重い宿命を少しでも和らげることができる相手を。
佐和子もわかってくれるはずだ。
でも。
龍児は、龍大と聖が出ていった襖を眺めながら、大きく嘆息した。
なるべくなら、次は女の子がいい。
宇賀神会を背負っていける、芯の強い懐の広い佐和子のような女が。
男だと、また子どもの産めない恋人を連れてくる気がしてならないから―――
fin.
2019.08.31
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