~おまけ…というほどでもない小咄~

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~おまけ…というほどでもない小咄~

藤巻は息を呑んだ。 目の前の少年?青年?は、まるで彼の崇拝して敬愛している市敬が、彼やその他大勢の仲間を率いていた頃の姿そのものだったからだ。 一瞬で、当時の思い出と想いが蘇ってくる気がした。 強く、賢く、誰もを胸アツにして虜にした北関東の狂犬。 その小柄な可愛らしい外見からは想像もできないほどの、迫力ある睨みと他を威圧するオーラ。 そのひとの傍らにいられることに、どれほどの歓びを覚えたか。 だけど、当時の市敬は、本当に狂犬だった。 常に何かに飢えていて、何かを切望しているのに、何を求めているのかを自分でもわかっていないようで。 その飢えを満たす何かを探すように、ありとあらゆる悪戯や悪さ、楽しいこと、興奮することを次々にやって。 誰もを魅了するのに、誰のものにもならなかったカリスマ。 そのひとから「子どもができたから、もうこーゆーのはやらねぇ、おしまいだ」と告げられたときの、心臓を杭で打ち抜かれたような衝撃は凄まじかったけれども。 「文句があんならかかってこい。納得いくまで全部相手してやる……まとめていっぺんにでも構わねぇ」 そうまで言われたら、涙を呑んで認めるしかなかった。 グループは解散しても、自分たちは全員、いつまでも市敬サンの舎弟です。 貴方が一声かけて下されば、必ず駆けつけますから。 堪えきれず男泣きする奴等も続出する中、彼はこれまで見せた中で一番微笑みらしい微笑みを浮かべた。 笑顔なんてものは、それまでほとんど見せたことがなかったのに。 「馬鹿なこと言ってねぇで、てめぇらも自分の守るべきモンちゃんと見つけろよ」 そんで、それ見つけたら、俺にも報告すんだぞ? ゼッテェ祝ってやるから。 市敬の(ヘッド)としての最後の命令を、あれから二十年近くたった今も、藤巻自身は未だに実行できないでいる。 自分の守るべきモノを、まだ見つけられていない…というか。 未だに、市敬以上に命を捧げても守りたいと思える相手には出逢えないままだ。 もちろん、後藤組という組織に属している以上、組長(オヤジ)の為になら命を捨てる覚悟は当然ある。 しかし、それはきっと、市敬が言いたかった「守るべきモン」ではないのだ。 市敬は、一度は自身の「守るべきもの」を見失ってしまったものの、今はずっと渇望していた「飢えを満たすもの」をやっと見つけられた…というか手に入れられたようで、藤巻は、娘を嫁に出した父親というのはこういうモンなんだろうか、と複雑な心境だったりもするのだが。 もう本当に、市敬には自分は必要ないのだ、とわかっている。 だから、自分自身の「守るべきモン」を見つけなくちゃいけない、というのも重々わかっている。 わかっているのだけれども。 目の前にこうして、市敬(そのひと)に瓜二つの息子の姿を見るだけで、こんなにも胸が熱くなるのを、どうしても止められない。 たぶん、自分は。 本当は、市敬の言う「守るべきモン」を、そのひとに言われる前から見つけていたのだ。 だけど、それは「守るべきモン」だけれども、決して自分の手の中には掴めないモノだった。 それでも、いいのだ。 掴むことができなくても、自分の中でずっと「守るべきモン」だと揺るがなく想い続けることができるのなら、それで。 そのひとが幸せでいてくれるのなら。 もう二度と、満たされない飢えに苦しまなくて済むのなら。 それだけで、いい。 守るべきモンを見つけた、という報告をできないから、市敬の最後の命令を遂げることができないのだけが、残念だけれども。 fin. 2019.08.23 藤巻推しの方に捧ぐ。 ↑果たしているのか?!
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