僕がキミを嫌う理由。

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僕がキミを嫌う理由。

私はアナタが大好き。 僕はキミが嫌い。というより、苦手。 私はアナタがとっても好き。 アナタの無防備な寝顔も、何かを読んでいる時の横顔も。ご飯を食べている時もテレビを観てる時も。 日課の夕方の散歩を終えると、ママがご飯を用意してくれるけど、私はアナタが帰って来るまで待つ。一緒に食べたいから。 アナタがのんびりとお昼寝していると、私も眠くなってきて、つい、アナタの側で寝ちゃう。一緒にいると安心できるから。 だから、アナタがたまに疲れた顔して外から帰ってきた時は、私が励ますの。ぴょんぴょんと頑張って跳ねながら、「大丈夫? 疲れてない? 私がいるから大丈夫。元気出してね」って言ってあげる。 そうすると、アナタは大抵別の部屋に行ってしまうけど、私には分かるわ。照れてるのね、きっと。 アナタは七日に一度、一日家にいる日がある。それ以外の日はほとんどどこかへ行ってしまう。家族のみんなと違う服を着て、大きな鞄を持って。帰りが遅い時もある。 私が好きなアナタといられる時間は、ちょっとずつ少なくなってきてる。だからその七日に一度の一日を、私は大切にする。あなたの側に、ずっと張り付く。 アナタの座る足の上に乗って、私はその時間を満喫する。そうしていると、アナタは私の頭を撫でてくれたり、「よしよし」って言ってくれる。私はつい、甘えてしまう。 私がこんなにアナタに依存して、大好きなのは、私をあそこから連れ出してくれたから。他にもたくさんいる候補の中で、ママやパパが他の子を見てる中で、アナタは私を見てくれた。選んでくれた。 他の子がどんどん選ばれていくのに、なかなか選ばれなかった私は、やがて場所も移動して、扱いも雑になった。 私はもう諦めてた。前にこの場所にいた子が連れて行かれた場所に、私も行くんだって。そう思ってた。誰が来ても興味がないような振る舞いをして、寝たフリをしてた。たまに抱き上げられる時もあるけど、それで終わり。選ばれず、どこにも行けない。 そんな私でも「絶対にこの子がいい」って選んでくれたアナタは、恩人。 これが私がアナタのことを大好きな理由。 ずっと、一緒に、いようね。 僕は、慣れないサラリーマン生活に、人並みに、なかなか嫌気が差していた。 とりあえず大学を出たはいいが、就活が上手くいかなかった僕は、唯一内定を貰えた会社に就職。だがしかし、そこは所謂ブラック企業というやつで、毎日のように残業があって、そのくせ残業代がロクに出た試しがない。 今日だって始発で出勤して、家の最寄駅に着いたのが二十二時過ぎ。そこから五分ほど自転車を飛ばして、ようやく家の前。ちなみに俺は実家通いだ。 「ただいま……」 自分で自分の声を聞いて、情けねぇな……、って思ってしまう。なんだかもう、変な笑いすら出てくる。そろそろヤバいんじゃないかって、思う。 そんな俺を真っ先に出迎えてくれるのは、母でもなければ、同棲している彼女でもない。ていうか、彼女、いたことない。 「ワンワン!」 そう言いながら、というか鳴きながらキミは来てくれる。数年前から飼い始めたペットの犬。犬種はマルチーズ。毛色は白だが、耳とか所々で霞んだ金色みたいな部分もある。 僕の足元で器用に二本足で立ち、ぴょんぴょん跳ねる。ワンワンぴょんぴょん、ワンワンぴょんぴょんを繰り返す。これをされた時はちょっと面倒なので、一旦自室に行く。 帰宅した僕はまず、晩飯を食べる。毎日布団が整えてあって、温かい手料理が味わえるのは実家通いのいいところ。一人暮らしなんて、僕には出来る気がしない。 僕が晩飯を食べ始めると、ペットのキミもドッグフードを食べ始める。夕方くらいから用意されているはずなのに、この時間に食べる。変わった犬だ。まるで僕に合わせてるみたいに感じる時もあるけど、まぁ、気のせいだろう。 なぜかキミは、僕のところによく来る。そのくせ僕によく吠える。 そのよく分からないキミの振る舞いが、僕がキミを嫌う理由だ。 疲れてるんだから、やめてくれ。そんな言葉はキミには届かない。 週に一度の休日である、日曜日。学生の時は友達と遊んだらしていたが、最近は会うどころか連絡さえ取り合っていない。誰かと遊ぼうなんて気力もいよいよなくなってきた。きっと楽しくないと思う。 テレビなんか観たりしながら、だらだら過ごす。時間を無駄にしている感がハンパじゃないけど、何もしたくない。 居間でごろごろしてると、いつも、キミがやって来る。すぐに分かる。ててててっとフローリングに爪を立てる音を響かせながら、やって来るから。 キミは僕にぴったりと張り付くみたいにくっついて、安心したみたいに鼻を鳴らして、目を閉じる。暖かいキミの温もりを、横になる僕の胸辺りに感じる。 僕はつい、頭を撫でる。よしよし、なんて言ってみる。 そんな風にしているとふと、キミとの出会いを思い出す。ペットショップにいたキミは、それはもう、愛想がなかった。 ーーペットを飼おう。そう言い出したのは、確か、母だ。僕が社会人になり、家にいるのが母だけになりがちだったので、寂しくなったらしい。 母や父はガラス張りの四角い部屋にいるまだ小さいトイ・プードルや元気なチワワに夢中だった。 たまたま休みだった僕も同行したのだけど、愛想振り撒きまくりの犬達に、僕は正直言って嫌気が差していた。 そんな中で、一匹、外のゲージに入れられていたマルチーズが目に入った。僕が近づいても寝たままの姿勢をキープしながら、目を少し開いてチラ見するだけ。その目もすぐに興味をなくしたように閉じる。 そんなキミとは反対に、僕は興味が湧いてきた。誰にも媚びないその姿に。入社したばかりで上司や先輩にへこへこ頭を下げまくりの僕と正反対だった。 僕はしゃがんでゲージに入ったキミを見た。キミも自分を覗く人間が珍しいのか、僕を見てきた。 目が、合った。 キミの瞳は死んでなかった。でも、今にも消えそうな光しか灯っていなかった。風前の灯火、だった。 僕はこの時、キミを飼おうって決めた。渋る両親を説得して、キミは僕の、家族になったーー。 いつの間にか、眠っていたらしい。小一時間ほど。キミは僕が伸ばした腕を枕代わりにして、すぴー、と寝息を立てていた。 「モップ」 キミの名前を呼ぶ。 キミが薄目を開ける。 目が合う。 そこには強い光があった。あの時とは違う、強い目をしていた。 僕は頭を撫でながら、あぁ、やっぱり僕はキミのことが好きなのかもしれないな、なんて思ったりした。
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