接近者

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「えーと。たしか柿木天神様」 「かきのきてんじんさま? 柿なんてあのへんにあったかなあ」  僕はあのあたりを思い浮かべてみたが、柿の木なんてあっただろうか。 「昭和四十年頃まで、あのあたり一帯には柿の木がたくさん生えていてのだけど、あの事件後、みんな伐採したというハナシですよ」 「あの事件て?」 「神社の境内で野球してた子供たちが変質者に襲われて死んだのよ。犯人は逃げたまま、捕まっていないらしいけど」 「そうなんだ」  僕はつり銭を受け取りながらうなずいた。  柿木が伐採されたあと、神社を管理する宮司夫婦も死亡してしまい、今では雑草とドクダミの群生地と化してしまったという。宮司夫婦の娘がいるらしいのだが、その娘も消息不明だという。 「及川さんっていうんだよ、たしか」  僕の後ろで会計の順番待ちをしていた客が口をはさんだ。かなり年配の男性客である。 「よくご存じですね」 「おうよ。おれっちは昔からここに住んでるからな。まだ中央高速ができる(めえ)も調布の駅前(えきめえ)が田んぼだった頃も知ってるぞ」  おっちゃんは酒臭い息を僕に吐きかけた。 「よかったらこれから一杯、つき合え。及川さんの話をしてやるぞ。悪いがよ、あんたがさっきスマホでドクダミ神社とか調べてるのを覗いちまってよ」  おっちゃんは勘定をすませると、僕の肩越しから誘ってきた。 「おれ、未成年なんで酒はダメなんです」 「ばっきゃろ。おれっちなんか十三ときからかっくらてたぞ。バクチは十六、女は十四だ、文句あっか?」 「いや、そうじゃなくて・・・」  酔いの回ったおっちゃんにーーしかもかなり年上のーー正論をぶつけても聞く耳は持つまい。こっちは青臭い子供、相手は海千山千の飲んだくれの大人だ。 「そっか。ようし、それならガキはウーロン茶かサイダーでも飲んでろ。そこに旨いもつ焼き屋がある」おっちゃんは赤ちょうちんを指さした。「ここはおれっちの幼馴染みがやってるんだ。ツケがきくから、カネの心配はいらねえ」  与太話に翻弄されるか参考になる話が聞けるかどうかわからないが、じいちゃんの家に帰って怪奇現象にさらされるよりはマシだろう。  僕はもつ焼き屋の暖簾をくぐった。
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