接近者

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 おっちゃんは店のオヤジに「よお」とあいさつしてから、奥の座敷借りるぜと告げた。  おっちゃんはけっこう話好きだった。  焼きトンと酎ハイを交互にやりながら、ドクダミ神社の由来と殺人事件のあらましを披露してくれた。  ドクダミ神社の正式名は大諏訪の森神社、俗名は柿の木天神様。主祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)。創建は文政八年と古く、群馬県大間々桑ヶ瀬村の不遇忌(ぶぐいみ)神社と関わりがあるという。 「不遇忌(ぶぐいみ)様信仰といってな、アタマのいかれた連中が妙な教えを広めちまってよ」 「妙な教え?」 「おうよ。土葬した死者を掘り起こして、ドクダミの葉っぱで清める。なんでそんな気色悪いことするのかはわからねえが、嫌な噂があるんだ。おめえ、特高警察って知ってるか」  おっちゃんは急に声を落とした。誰かに聞かれたらまずいという表情だ。  太平洋戦争中、戦争反対を訴えた人たちを片っ端から牢獄へ閉じ込め、厳しい取り調べと拷問を繰り返した官憲だ。小説、蟹工船で知られる小林多喜二も凄惨な拷問が原因で獄中死している。 「特高が終戦後、どうなったか知ってるか?」 「GHQの裁判で・・・」 「いんや。特高はABC裁判どころか、無罪放免よ。連中は戦犯じゃねえからな。それどころか、特高の捜査ノウハウは温存されて、今の公安調査庁や警察の公安警備部に引き継がれてる」  しかも特高警察の幹部たちは、昭和二十年代後半には代議士として政界に復帰した。 「だけど、おれっちがこれから喋るのはお偉方のことじゃねえ。下っ端の特高のことだ」  おっちゃんはぐびりと酎ハイをあおった。
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