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襖戸がずずずと開いた。
僕は掛布団の中からそいつを見上げる格好になった。
野球帽を斜めに深くかぶっているせいかどんな顔なのか分からない。ただ、口のまわりにゴマ塩をまぶしたような無精ひげが見える。
服装は紺色の無地シャツに白っぽいズボン。赤黒い染みの浮いた灰色のスニーカーを履いている。土足で入ってきたのだ。
男の右手には大きな立ち切りばさみが握られていた。
僕は金縛りにあったまま、ひたすら男の動きを目線で追った。
かすかに土とドクダミの匂いがした。
立ち切りばさみの刃先が赤く濡れている。
男は僕のそばでじっと突っ立ったままだ。ドクダミ神社で子供たちを惨殺した犯人と同一人物だと思った。
犯人は捕まっていない。逃亡中だ。
じいちゃんもラーメン屋で知り合ったおっちゃんも同じことを言っていた。
目深にかぶった野球帽の奥から全身の毛が逆立つような視線を感じる。
男は無精ひげに覆われた唇を少しだけ歪ませた。空洞のような口腔から生臭い息が流れた。
ウケトレ
何かがぼとりと畳の上に落ちた。
コレハ ケイコク ダ
男はそれだけ言うと、部屋から出ていった。
もしかしたら、また戻って来るのではないか。
僕は恐ろしくて動けなかった。
恐怖の対象が整理できないのだ。幽霊なのか因習なのか、それとも闇を背負った人間なのか。名状しがたい奇怪な空間に放り込まれて、当惑し続けている。暗闇の中をさまよい、道標べになるものはないのかと探している。
ただこれだけははっきりしている。
未知の闇が迫っている。それはまだ危害を与えるまでには至っていないが、確実に忍びよっていることだ。
畳の上に落ちた布包みを解いた。
はじめは人形か何かの一部に思えた。だが、鉄と酢を混ぜたような臭いがしたとたん、尋常でないことがわかった。
それは切断された指先と耳のようにも見えた。
グリーンヒル女学院の二年生を示す黄色の徽章もいっしょに出てきた。ネームプレートもある。
及川毬夢
と、読めた。
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