死の訪問者

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 僕は顔を近づけた。 「うわああああ。マジかよおお」  胃のあたりから猛烈な吐き気がこみあげた。  夢中でスマホで110番の11までとほとんど同時にEメールが着信のランプがともった。  添付画像ありのメッセージ。  僕は頭が真っ白になったままメール画面を開いた。  <及川毬夢を監禁した。ブグイミ様から手を引け。さもなくば、この女を切り刻ざむ。左耳をそぎ落とし、左手の小指の第一関節から切り落とした。警察に届けたら熱湯を顔に浴びせる。ただし大人しくしていれば、彼女は釈放されるだろう。 エニワサクジ>  添付画像を開いた。  ディスプレイにグリーンヒル女学院の制服姿が映った。  真正面から撮影された画像だった。  間違いなくマリコだった。  耳に包帯が当てられ、左手にも包帯が巻かれてた少女が椅子にくくりつけられている。椅子のそばに尿瓶も映っている。  髪の毛はばさばさに乱れ、虚ろな眸は苦痛を訴えていた。  彼女が何をされたのか、一目瞭然だった。  僕の中で制御できない怒りが爆発した。  握りこぶしを柱に叩きつけた。  おれはエニワサクジとかいう野郎をぶっ殺す!  頭に血が昇った。  家を裸足のまま飛び出して、野球帽の姿を探した。先ほどの恐怖心は嘘のように消えていた。   全神経を集中してあいつの気配を感じ取ろうとした。  だが、だめなのだ。  金縛りの後遺症なのか、全身に力が入らない。緊張と深夜の静けさに耳が痛くなった。ナイフのように鋭い感覚を研ぎ澄ませても、忌々しいほど力がこもらないのだった。  冷静になれと、もう一人の自分が僕に囁きかける。  ほかの手段を考えろ。  今、警察へ通報すれば複雑な事案を説明する羽目になるぞ。そんな悠長なことはできないだろ。幽霊だのブグイミ信仰だの、トマトだの・・・どうやって順序だてて説明するつもりだ?  僕は暗い空を見上げ、深呼吸した。  家に戻ると、流しの水道で顔を洗った。  切断された指と耳をハンカチに包んで、冷蔵庫の冷凍室に保管した。人体の一部なのだ。今の僕にはそれしか思いつかなかった。  今度は、キャリーケースに仕舞ってあった戸籍謄本のコピーを取り出した。  コピーをダイニングテーブルに広げた。  宗像君江(むなかたきみえ)(ばあちゃん)の初婚相手が及川誠三。君江と誠三の間に生まれた子供が真理子。真理子が結婚して子供を産んでいれば、その子の名前が毬夢。  及川真理子の娘。娘の名前が毬夢。  マリコと毬夢は同一人物だとしても、なぜそこまでして紛らわしいことをするのだろう?  僕は戸籍謄本をもう一度見直した。  エニワサクジを連想するような記述はどににもない。  さてどうする?  やはり警察に相談すべきだろうか。  誘拐監禁・傷害事件として警察は動くだろうが、マリコの命が保障されるわけじゃない。  僕はじいちゃんと鰻屋で飯を食った時の記憶を探った。    マリコを守ること(最優先は毬夢の救出だ)  群馬県大間々桑ヶ瀬村と青森県十和田湖へ行き、村の信仰がどうなっているか調べてくること。  僕はじいちゃんが言った幾つかのキーワードを整理した。 『ブグイミの祟り霊』 『二十三夜様の思し召し』 『えにわが脱獄した噂は本当だったのか』 『ばあちゃんは殺された』  どれもみな断片的だが、みんなつながっているはず。  ばあちゃんの初婚相手は、ブグイミ信仰と関わりがある及川誠三だった。  及川誠三は死体のからくり人形師とも呼ばれた人物である。  ばあちゃんの殺害動機と犯人はそのあたりと関係しているのだろうか。  えにわが脱獄した噂は本当だったのか。えにわとは、エニワサクジのことか。  二十三夜様とは月齢信仰のことだろうが、その目的は現段階では不明だ。  気になることがもう一つあった。  うまいトマトが食いてえなあ これは始まりの言葉であると、マリコが言っている。何が始まる?  やはり、キーマンはじいちゃんだ。  じいちゃんは何を始めようとしているのだろう。  すでに事件は起きているが、肝心のじいちゃんは入院中だ。    スクールリュックのポケットから、じいちゃんから受け取った封筒を取り出した。交通費のおカネが入っていた封筒だ。現金だけは僕の銀行口座に入金してある。封筒には大間々桑ヶ瀬村と十和田湖の地図が入っていたが、それとは別に未開封の小さな封筒が入っており、「困った事が起きたら読みなさい」と、じいちゃん直筆の文字が書かれてあったのだ。  僕は小さな封筒を開封した。  
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