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シスター蒲原
かつての広大な武蔵野の雑木林は、伐採と宅地開発を繰り返されて、現在はほとんどが商業施設や住宅街になってしまった。
聖グリーンヒル女学院はその名の通り、緑豊かな丘の上に建つ学園だった。
敷地内の雑木林は自然保護林として管理されているそうだ。
「林の中は遊歩道が整備されていて、散歩やウオーキングするにはとても良いところですのよ」シスター蒲原は紅茶のカップをテーブルに置いた。「どうぞ。アールグレイですわ」
大きな窓から午後の光が差し込んでいる。
三階の窓からはこんもりと茂る雑木林や黄緑色の畑、洒落た校舎、チャペルなどが見えた。
僕は少し緊張していた。
たぶん、女子高の施設にいること自体が初めての体験だからだろう。
学校の正門脇の受付棟でシスター蒲原に面会を求めると、あっさりと許可された。立ち会った制服警備員が顔見知りだったのが功を奏したのだ。
「そろそろ来る頃だろうと思ってたよ」
僕にラーメン屋で声をかけ、赤ちょうちんへ誘った年配の男。
あのおっちゃんだ。おっちゃんが親し気な笑みを浮かべたのは最初だけで、氏名、住所、電話番号、学校名と学年、入場理由を記入するようにと、ノートを差し出した。僕は空欄に文字を埋めていった。入場理由をどうやって書くかペンを止めていると、おっちゃんが後ろからのぞきこんだ。
「シスター蒲原がすぐに許可したくなるような親書みてえなもんはないか?」
僕はじいちゃん直筆の手紙を見せた。
おっちゃんはうなずいた。
「いいだろう。おれっちがシスター室まで案内してやる」
僕は警備員のあとをついて行くだけでよかった。
手入れのゆきとどいた庭園キャンパス。
校舎の内部は清潔な病院のように明るかった。授業中なのか校内は
とても静かだ。
エレベーターで三階まで昇る。
おっちゃんがシスター室のドアをノックして中に入ると、来客を告げた。
「遠慮なさらずに、お召し上がりください」
気がつくとシスターが優しく微笑んでいた。
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