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丸ごとトマトと切り分けたトマトが皿に盛りつけられてテーブルに並んでいた。そうやって並んでしまうと、ごく普通のトマトにしか見えないのだが、じいちゃんには特別なモノに見えるのだろう。
骨董品を眺めるような目つきになり、それからまるごとトマトをかぶりついた。透明な汁がじいちゃんのあごを伝わっていく。
僕は審査結果を待つ被験者の気持ちがわかる気がした。
「うーん。まあまあだな」じいちゃんは相変わらず不機嫌そうだ。「だが、昼間食ったトマトよりはずっといい。まあ及第点だ」
「どんな味ならお気に召すのかしらねえ」ばあちゃんが脇から箸をのばして切り分けたトマトをつまんだ。「あら。ちょっと酸っぱいけど、トマトの味がしっかりしてるわね。夏にはこれくらいがいいのよ。それにしても懐かしい味ねえ」
「儂は子供の頃、これに近い味を食ったことがある。それがめっぽう、旨かったのだ。もうあの味はないのかなあ」
じいちゃんがしんみりと言った。
品種改良を重ねた美味しいトマトではなくて、子供の頃に食した夏でしか実らない素朴なしかし本物のトマトに価値を見出しているのだろうか。
だとしたら、あの少女なら知っているかもしれない。漠然とした淡い期待に胸がふくらんだ。
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