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午後十一時すぎ。今夜も熱帯夜だ。
じいちゃんもばあちゃんも寝ている。僕は居間のテーブルに「コンビニに行く」とメモ書きを残して、家を抜けだした。
待ち合わせ場所はドクダミ神社の境内。
そこは昼間でも暗かったのに、夜はもっと暗くて不気味だった。
用意しておいた懐中電灯であたりを照らすと夜行性の細かい虫たちが光の中で踊っていた。幽霊が出てきそうな雰囲気だ。
じいちゃんの部屋から聞こえた子供たちの野球のかけ声を、僕はとつぜん思い出した。あれは空耳なんかではなかった。蒸し暑いのにぞくりとするものが背中を伝わっていく。
よりによって、こんな場所を指定しなくてもよさそうなものだが、これでは肝試しだ。
「こっち、こっち」
闇の中で白い光が動いた。及川マリコの声だ。
「いやあ、どうも」
僕の声は緊張で震えていた。
学校の正門から突破するには、施錠が厳重で入れない。そこで自然農園側の裏口から侵入するのだという。
「薄気味悪い場所を待ち合わせにしてごめんね」闇に彼女の蒼い顔が浮かんだ。「農園側のキャンパスへは、ここからが近道なのよ。きのうのトマト畑を通っていくの」
「わかった」
お互いの学校の話など雑談をしながら僕たちは暗闇の中を進んだ。彼女といっしょだと、不思議なことに怖くない。何でも話せる気がして、僕がじいちゃんの家で聞いた子供の話声のことに触れると、彼女の足が止まった。
「気をつけて」
「え?」僕の心臓が一瞬はねあがった。「よくないこと?」
「そうよ」
マリコは付近を用心深く窺っている。
生温かい風にのって異臭が鼻をついた。
「ここを右へ。左はきのうのトマト畑。こっちよ。この先は私語禁止、ぜったい」
彼女は心霊現象に興味を示したのでなく、これから実施するオペレーションに注意喚起したのだ。
足元は土なのか歩くたびに靴底がふかふかする。
僕は闇の奥へ目を凝らした。どうやら細い農道を歩いているようだ。暗くてよくわからないが左側にはトウモロコシ畑が広がり、右側にはトゲだらけの植物が塀のように連なっているようだ。
「カラタチだから気をつけて」
マリコは僕の耳元で囁いた。
「カラタチ?」
「北原白秋の詩を知ってる?」
からたちのはながさいたよ
からたちとげはいたいよ
僕はすぐにあの緑色の鋭いトゲの植物を思いだした。まろいまろい金色の実をつけるなんて信じ難い。
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