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夕餉
戻ると、ばあちゃんが夕飯の支度をしていた。
孫がせっかく遊びに来たのだから、ご馳走しないとね。キャベツを千切りにする音、里芋煮の匂い、でかいトンカツ。ばあちゃんが流行りの歌を口ずさみながら楽しそうに体を動かしている。
「直接さ、トマト畑からもいできたよ」
僕は大小さまざまなトマトとドクダミの葉っぱを渡しながら経緯を簡単に話した。ばあちゃんはふんふんと耳を傾けているだけで、本当に聞いているようには見えなかった。
「手を洗ったら、おじいちゃんを呼んできてちょうだい」
「うん。わかった」
じいちゃんの部屋の襖ごしに声をかけようとしたとき、中から大声が聞こえた。テレビの音量を大きくしているのだろうか。いや、どうも違う・・・
<おーい、ライト、バック、バック>
<エラーすんなよ!>
<ショート、もっと前へ出ろよ!>
ドクダミ神社で聞こえた野球少年たちの掛け声とそっくりだった。
「じいちゃん、誰かいるの?」僕は一呼吸おいて「開けてもいいかい? 採れたてのトマトがあるよ」
襖扉をそっと開けると、じいちゃんは安楽椅子に寄りかかったまま眠っていいた。蚊取り線香の煙が夕風に揺れている。テレビは点いていない。人がいた気配すらなかった。それとも縁側に子供がいて野球練習のモノマネでもしたのだろうか。あるいは、
寝言?
空耳?
僕は奇妙な感覚に捕らわれながら夕飯の準備ができたことを告げた。
「農家でもらったトマト、食べてみて」
じいちゃんが目をうっすらとひらいた。
「なに。農家でもらったトマト?」
じいちゃんはゆっくりと立ち上がった。
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