怨霊の魔窟/6

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怨霊の魔窟/6

 感謝している人間が自分を殺す。ありえないからこそ、殺気は消えるのだ。妙な間が戦場をかけめぐる。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」  一分経過。その間動くものは誰一人としていなかった。いやひとつだけあった。冷たい風が室内のはずなのに、()の葉をひゅるひゅる〜と巻き上げて、足元を吹き抜けていった気がした。 「あ、あのぅ……。もういいですか?」 「あぁ、はい、どうぞ!」  颯茄の言葉を合図に、一気に戦況が動き出した。  だが。  達人の技が何よりも早かった。  ――霊体、九十七。邪気、百三十三。 (間合いが狭すぎて、銃が使えん)  まわりを取り囲んでいた敵が、何もしていないのに、 「うわぁぁぁぁぁっっっ!!!!」 「ぎゃぁぁぁぁぁっっっ!!!!」  凄まじい悲鳴を上げて、全員宙でバク転し、地面に強く落ちたのである。颯茄は唖然とした。 「え……? 自作自演?」  浄化することも忘れ、急に見通しのよくなった戦場を見渡す颯茄のブラウンの髪を見ている、無感情、無動のはしばみ色の瞳の奥に隠れている脳裏に、今の技の詳細が並んでいた。  ――地面を介して、合気をかける。  触れていればかかるの、応用だ。かける手順がひとつ変わる。  ――敵全員の呼吸と合わせる。  敵全員の操れる支点を奪う。  それを、正中線上で回す。  合気。  ということで、全員やられてしまったのである。一気に間合いもできたというわけだ。  ――霊体、零。邪気、百三十三。  相手が強すぎるのだ。毎日、コツコツと積み上げた成果はこうやって、大きくなって返ってくるのである。地道な努力に勝るものなどない。  さっきは使えなかった。肉体に宿っている間にはできない。次元が違うのだから。だが、幽体離脱したのだ。同じ次元になったのである。技は存分に効果を発揮するのだ。  しかし、トドメはさせない。浄化しないと。待てど暮らせど、颯茄に動きはなく、夕霧は横からのぞき込んだ。 「何をしている?」 「……あっ、あぁ、はい」  颯茄は慌てて弓矢を流れるような仕草で動かして、いびつな形のものを飛ばす。  降り注ぐシャワーのような金の光を浴びると、倒れていた敵は煙にでも巻かれたように消え去り、何度か繰り返すうちに誰もいなくなった。  ――霊体、零。邪気、零。  圧勝であった。 「はぁ〜……」  颯茄は晴れ晴れとした気持ちで、夕霧へ振り返ろうとしたが、女の禍々しい怒りに満ちた声があたり一帯に響き渡った。 「おのれ〜っ!」  限られた空間の病室ではなく、戦場は一気に広い荒野へと変わり、遠くの方からこっちへ向かって、 「うおぉぉぉっ!」  (とき)の声と武器を上げながら、敵勢が迫ってくる。土煙が上がっているのを眺めながら、颯茄は首をかしげた。 「あ、あれ?」 「殺気が増えている」  ――霊体、九十八。邪気、百三十三。  別働隊でも隠れていたのかと疑うところだが、林や山などがあるわけではない。召喚魔法でも使ったように出てきた敵。  血のような真っ赤な着物と乱れた黒髪。濁った目に、欲にまみれ、自分がブレまくっている女は何の特徴もない姿形をしていた。  自分たちと違って、浮遊する女。と、武器を持つ敵たちに四方を囲まれたら、生者必滅(しょうじゃひつめつ)である。  その前に対処をしなければいけない。技の効果が効く射程(しゃてい)に、ある程度の数が入るたびに、  ――霊体、百二十五。邪気、百三十三。  夕霧は地面を介して相手のバランスを崩す。 「うぎゃぁぁぁぁぁっっっ!!!!」  それを、颯茄が浄化するが続く。しかし、倒しても倒しても、次々に敵は現れ、埒があかない。やはり底なし沼のような敵のテリトリーへと連れ込まれてしまったのだ。  そうこうしているうちに、地面を走ってくるのではなく、二人の頭上近くの空に敵が突如現れ、落ちてくるが始まった。  無感情、無動のはしばみ色の瞳は驚きもせず、閉じられることもなく、  ――殺気、右横。  長身の袴姿の夕霧が、空へ向かって銃口を向ける。  ズバーンッッッ!  ――左前。  白く広い袖口が静かに揺れる先で、銃声が鳴り響く。  ズバーンッッッ!  ――後ろ斜め右……。  裸足に草履はかかとをつけてきちんとそろえられたままで、  ズバーンッッッ!  銃声が空を震わせるように耳をつんざくたびに、敵は荒野へと力なく落ちてゆく。
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