怨霊の魔窟/7

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怨霊の魔窟/7

 ――霊体、五十二。邪気、百七。  颯茄は霊力で矢のようなものを作りながら、浄化をしてゆく。攻撃と浄化。需要と供給。そのバランスは崩れることはない。  だが、それが一度狂ったのなら、確実にふたりは消滅の運命をたどるだろう。  焦りが生まれる、颯茄の中に。それでも、守られるだけになりたくないのなら、切り抜ける手段を考えなければいけない。有言実行だ。  赤い着物の袖を、宙でユラユラ揺らして、手で招くような仕草をしている女をまっすぐ見据えた。 「そうか。結局、あの女の人を倒さないと、どんどん新しい人たちが集まってきちゃうんだ」  戦いの基本は各個撃破。しかし、回復要員がそこにいれば、それを先に倒さなければ、無駄足を踏んでしまうのである。颯茄は弓矢を引き続けながら考える。 「他にも敵はいるし、どうすれば……?」  戦況は冷酷無惨に動いてゆく。最初に決めていた作戦のままでは、対応できないことは出てくる。それはよくあることだ。しかも、戦いながら対策を取っていかないといけない。  ――霊体、七十六。邪気、百八。  ブラウンの髪を持つ颯茄とは正反対に、夕霧はどこまでも落ち着き払って、淡々とライフルで悪霊を吹き飛ばし続ける。  ――殺気、左横。  和装に銃というミスマッチなはずなのに、はずすことがないものだから、  ズバーンッッッ!  ――右前。  革新的(アバンギャルド)で、  ズバーンッッッ!  ――真後ろ……。  白と紺の袴の(さむらい)はスタイリッシュだった。  ズバーンッッッ!  浄化し続けながら、どこかずれているクルミ色の瞳はあちこちうかがい続ける。突破口が見当たらない。今日、初めて戦闘という非日常に出会った、女には。  だが、戦場に慣れている夕霧の地鳴りのような声が、攻撃の合間にふと響いた。 「こうする」 「え……?」 「俺が女の動きを封じる。その間に浄化しろ」 「はい!」  宙に浮かぶ真っ赤な着物姿の女は、勝ち誇ったように不気味な笑みを向けていた。 「無駄な抵抗とはのう。何とも()ざまじゃ」  颯茄はライフルを使うのだと、銃声が鳴り響くのを待っていたが、息が詰まったような声がきしんだ。 「くっ!」  それとほぼ同時に、女は後ろに半分倒れた状態で止まっている。背面跳びをする途中で静止画にしたような、やけに無理のある体勢の敵を前にして、颯茄は目を疑った。 「えっ!? また自作自演?」  そうとしか思えない。空中で一人、苦しそうに目をつぶったまま、動かないのだから。銃口は容赦なく向けられ、  ズバーンッッッ!  緑に光る銃弾が女の胸に当たると、血もなく悲鳴もなく大きな穴が空いた。どんよりとした曇り空が隙間から望める。  ――霊体、九十八。邪気、百三十七。  しかし、技の効果はいつまでも持続しない。ぼうっと突っ立っている颯茄の背中に、夕霧の地鳴りのような低い声がかけられた。 「驚くのはあとだ」 「あぁ、はい!」  ずいぶん慣れてきた、矢もどきの作り方。手のひらにギリギリ入るくらいの特大のものを作って、流れるような仕草で正確に射た。  女の体前面に金の光がぶつかり、かき消すように広がってゆくが、何かに吸収されるように収縮し、女の体は元へと戻ってしまった。 「えっ!? 浄化しない!」  異常事態が起きてしまった。赤い着物の女を倒さなければ、自分たちの体力――霊力が尽きるまで、敵は次々にやってくるだろう。そうなると、自分たちが死ぬのは時間の問題だ。 「もう一度する」  触れていればかかるの合気。その応用編二。夕霧の体は勝手に反応する。  ――空気を介して、合気をかける。  相手の呼吸と合わせる。  相手の操れる支点を奪う。  それを相手と自分の中間点の空中で、回すのを途中で止める。  合気。  故意に半ばで止められた技。赤い着物の女は苦しそうに息をつまらせ、後ろに半分倒れた状態で止まった。 「くっ!」  一番辛い体勢だ。いっそかけ切ってもらった方が楽なのである。何か支えがあって、体が止まっているのではなく、自分の力だけで倒れそうになるのを、耐えさせられているのだから。  ――霊体、百二十五。邪気、百七十八。  殺気を消した銃弾は、情け容赦なく打ち込まれる。  スバーンッッッ!  袴の白い袖が衝撃で揺れると、また大きな穴が女の体に開いた。颯茄はあらかじめ用意していた矢らしきものを放つ。 「よし、今度こそ!」
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