怨霊の魔窟/8

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怨霊の魔窟/8

 だが、さっきと同じ繰り返しで、何事もなく着物の女は宙にゆらゆらと浮かんでいた。 「あぁっ!? 倒せない……」  霊力でもう一度、矢を作り始めながら、颯茄は焦って、真っ白になりそうな頭を無理やり動かす。 「どうしよう? どうすればいい? 考えて、考えて!」  人が困っている姿を見て、嘲笑う女の声が不吉にからみつく。 「そなたたちに(われ)は倒せん。力が違いすぎるのじゃ」  だからと言って、何もせず死んでゆくなど、颯茄にとってはバカバカしい限りだ。自分の計りに合わない言葉は聞かない。ただの雑音にする、だ。  死ぬ間際まで、(あらが)い続けてやる。闘争心というエネルギーは、今やガソリンでもまいたようにメラメラと力強い炎で燃え盛っていた。  諦めのよくない颯茄の脳裏に、パパッと閃光が走ったようにひらめいた。 「あっ! 攻撃してから浄化だと、時間差が出て、相手が回復しちゃうのかな?」 「そうかもしれん」  颯茄は浄化の矢を放ちながら、さっきからずっと背後に立っている大きな男の気配を感じ取る。 「ってことは、同時に攻撃するだ。掛け声をかけて、合わせるとか?」  バラバラにここにきて、お互いに未だ名前など知らない。とにかく、自分を相手を守るために、戦っているだけである。合わせづらさ全開だ。  しかし、武術の達人は心得ていた。 「いい方法がある」 「どんなものですか?」 「合気という武術の応用だ」 「あぁ、武術をやってるから、さっきからすごかったんですね」  やっと合点がいった、颯茄だった。ワイヤーアクションか手品なのかと思っていた。いや下手をすると、フェイクだったのかと疑うほどだった。敵の動きは味方の技の影響だったのだ。 「すごいかどうかは知らんが……」  深緑の短髪と無感情、無動のはしばみ色の瞳は、謙虚という動きで横に揺れた。 「お前の呼吸と操れる支点に、俺のを合わせる」  専門用語がまじっていたが、颯茄はすぐに納得した。 「私は何かしたほうがいいんですか?」 「浄化する霊力を高めることに集中しろ」  素直に聞くところは聞かないと、人生発展しない。微調整が常に大切である。それを颯茄は感覚でわかっていた。 「ありがとうございます。あとはお願いします」  これで終わりにする――  相手に感謝することを忘れない。悪へと引き込まれる要因になる、恨みや憎しみは(いだ)かない。ただ、倒すことだけに集中する。  颯茄の手のひらに、金色の細長い光の筋が針金のような大きさから、ペンの太さまでに広がりできてゆく。  夕霧は少しだけかがみ込み、颯茄の背後から両腕を回し、小さな手に自分のそれを乗せる。 (ふたつの呼吸に合わせる)  颯茄はきちんと矢と言える細長く、先が鋭利に尖ったものを作り出した。白いワンピースミニを支えるように、包み込む白と紺の袴は。 (ひとつの操れる支点を奪う)  無感情、無動のはしばみ色の瞳は、宙に浮かぶ悪霊の女を見ていたが、自分の腕の中にいるブラウンの長い髪の颯茄に神経を傾けた。 (もうひとつの操れる支点には合わせる)  重なり合った手で、弓の弦はしっかりと引かれてゆく。悪霊の放つ霊波が鋭利な刃物のように、ふたりの頬をかすめるたび、ガラスの破片のように鋭く切って、痛みが走る。だがそれさえも、今は構っている暇はない。  ――霊体、百四十八。邪気、二百九。  敵の数は今や最高数の三百五十ほどまで膨れ上がっていた。  武術の達人の目はどこか遠くを見るようになり、 (殺気。右、左、左、右……)  自由自在に現れては消えてを繰り返す、幽霊の気配を追い続けながら、銃弾を作り出す霊力を颯茄の浄化の矢に込めてゆく。 (背後、右、左……!)  何枚ものトレースシートを重ねたように、全てはピタリとそろった。夕霧の腕につれられて、颯茄のそれも持ち上がり、照準の先で、女の禍々しい声が爆発する。 「死ねっっっ!!!!」  ブラックホールのような黒い絶望的なエネルギーの巨大な球が、破滅へと導くように放たれた。  それと交差するように、緑と金色の光が弦を離れ、赤い着物を覆うように聖なる光が包み込むと、 「ぎゃあぁぁぁぁっっっ!!!!」  ビリビリに全身を破るような金切り声が上がり、光は一旦収縮するように思えた。だが、一気に膨張し、夕霧と颯茄もろとも飲み込むよう広がり、地面をえぐるように土煙を上げて迫ってきた。  すさまじい風圧で吹き飛ばされそうになるのを、お互いを支えるように踏ん張るが、 「っ……」 「っ!」  ふたりは反射的に顔をかばい、勝敗がわからないまま、爆音の中で視界が真っ暗になった――――
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