先生の帰国

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三階建ての箱のような『クドゥ研究センター』。今日は僕が一番乗りだ。施設内をぐるりと囲む常緑樹から鳥の鳴き声だけが聞こえていた。 裏の管理室には夜警明けの警備員がいる。そこで寝ぼけ眼の二人から鍵を受け取った。 静かなフロア。僕の足音だけが隅々まで響く。 エントランスから真っ直ぐ伸びる通路の右手にある部屋が、僕らB班、細胞修復班のテリトリーだ。 遅刻ギリギリ族の僕がこの空間に一番にやってきたのは、この2年間で初日だけ。その前の日は緊張して眠れず、出勤時間の1時間前に到着した。 棒立ちになって誰か来るのを待っていると、リニアモーターバイクの静かなエンジン音が、口笛を連れてやってきた。 二番手で出勤したアリム先生。40歳になったばかりの先生は髪を七三分けにセットした、細長い手足のヒョロリと背の高い人だった。 ーーおお、話聞いてるよ。俺のチームに入るテラくんね。よろしくよろしく。 大きな手のひらで背中をポンと叩いてくれた。 その日は僕が所属することになったBチームが研究している内容の説明を受け、簡単な実験をして、そのままチームの4人で飲みに行った。 僕の大好きな祖母。 彼女がクドゥを患って亡くなった時、僕はこの研究センターを目指して猛勉強を始めた。35になる年についに念願叶ってここに勤められるようになった。その溢れる喜びを、その飲み会で熱く語った。 チームリーダーのアリム先生と他の二人の研究員も「いいぞいいぞ」と僕を囃し立て、クドゥを撲滅するぞと声高に拳を振り上げ、酒を煽って酔っ払い、アリム先生に至ってはネクタイを頭に巻いたりなんかして、羽目を外して騒いだ。 翌日、何事もなかったかのように出勤した彼らの中で、僕だけが寝坊して遅刻した。今でも事あるごとにそれで弄られる。
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