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人ごみの中へ
あれから一週間。
アリム先生は宣言通り、研究室にやってくることはなかった。
かと言って、女の子でもあるまいし、メールして「大丈夫ですか」だの「進み具合はどうですか」など気遣いをするのも気が引けて、僕は先生に連絡をすることはなかった。
そんなある日の晩、僕がちょうどアパートのドアの鍵を内側から閉めた時。
ピコン、と通信機器に着信が来た。腕時計も兼ねたそれをチェックすると、アリム先生からメールが来ていた。
ーー今から出てこれる? 無理ならいいけど。
帰ったばかりで疲れてはいるが、他ならぬ先生からの誘い。どちらにしてもまだ夕食を作っていなかったし。
僕がすぐに返事をすると、その1分後には落ち合う場所の連絡が入ってきた。電車で行った方が便利が良さそうだ。この時間は都市部に向かう方向であれば混まない。
メールの文字を見ながら再び外の蒸し暑い中に出て、扉にガチャガチャ鍵をかける。駅までは愛車で行こう。
静かな住宅街を、僕の走らせるリニアモーターバイクの音が駆け抜けた。
待ち合わせたのはこの首都でも一番人が多い場所。賑やかな通りから一本奥に入った、シックで酒の出る大人の店だった。
薄暗い照明の下でアリム先生はカウンター席に座って、マスターの向こう、壁際に並べられている無数の酒瓶を見つめていた。
その背中がどこか寂しげに見えたのは、先生の姿勢の悪さと店の雰囲気のせいだろうか。
「先生」
「おお、来たか」
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