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親子愛、冷める
それは中学二年生の夏休みのことだった。私は父と、駅前を散策していた。新幹線こそ停まらないが、急行や快速電車は停まる、そこそこ大きな駅である。日曜日と重なっていたせいもあり、人でごったがえしていた。
そばには繁華街もあった。当時はあまり治安がよいとはいえず、学校からは、子供だけではうろつかない、用事等でやむなく付近に行く場合は、必ず保護者付きで、と指導されていた。
めったに来ることのない、そんな人ごみの中で、私は父から離れないよう気をつけながらも、キョロキョロと人間ウォッチングを楽しんでいた。
そして、心のなかで思わずアッと声をあげた。さまざまな人が入り雑じった人ごみ、そのうちの1人の手に、カラフルな二段重ねのアイスを発見したのである。その頃まだ珍しかった、アラサーのような名前の、アイスクリーム専門店の物にちがいないと私は思った。
いつのまにそんな店がオープンしたのだろう。父に言ったら、買ってもらえるだろうか。そんなことを考えながら、アイスクリームに羨望の眼差しを向けていた。
ふと、視線を感じた。自分の目線のすぐそば、つまりはアイスクリームの持ち主だった。
目と目が、バッチリ合った。サングラス越しに、である。もちろん、私がかけているわけがない。私は目を合わせたまま、視界の中の彼の服装を確認した。
スーツ、ノーネクタイ、アロハシャツ、リーゼント、そして先ほどから確認済みのサングラス………。いわゆるその道の御仁ではなかろうか。
私は動物的勘で覚った。視線を外したら負けだ、と。たちまちイチャモンをつけられてしまうだろう。
私はまばたきもせずに見返し続けた。
おそらく、時間にすれば三十秒とか、1分とか、そんなものだったろう。しかし、なかば無意識に息まで止めていた私には、非常に長い時間に思われた。
いったい、これ以上どうしたらいいのか。私がそう思ったとき、御仁はふとアイスクリームに目をやり、それをペロリとなめると、あっさり人ごみにまぎれていった。
助かった! どっと汗が吹き出る思いで、私は父をふり向いた。
すると、そこにいたはずの父がいない。
「お父ちゃん?」
私は父の姿をさがした。
父は、十メートルほど離れた所に、他人のふりをして立っていた。
オイッ! 生まれて初めて、私が心の底から親にツッコミをいれた、瞬間だった。
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