親子愛、冷める

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

親子愛、冷める

 それは中学二年生の夏休みのことだった。私は父と、駅前を散策していた。新幹線こそ停まらないが、急行や快速電車は停まる、そこそこ大きな駅である。日曜日と重なっていたせいもあり、人でごったがえしていた。  そばには繁華街もあった。当時はあまり治安がよいとはいえず、学校からは、子供だけではうろつかない、用事等でやむなく付近に行く場合は、必ず保護者付きで、と指導されていた。  めったに来ることのない、そんな人ごみの中で、私は父から離れないよう気をつけながらも、キョロキョロと人間ウォッチングを楽しんでいた。  そして、心のなかで思わずアッと声をあげた。さまざまな人が入り雑じった人ごみ、そのうちの1人の手に、カラフルな二段重ねのアイスを発見したのである。その頃まだ珍しかった、アラサーのような名前の、アイスクリーム専門店の物にちがいないと私は思った。  いつのまにそんな店がオープンしたのだろう。父に言ったら、買ってもらえるだろうか。そんなことを考えながら、アイスクリームに羨望の眼差しを向けていた。  ふと、視線を感じた。自分の目線のすぐそば、つまりはアイスクリームの持ち主だった。  目と目が、バッチリ合った。サングラス越しに、である。もちろん、私がかけているわけがない。私は目を合わせたまま、視界の中の彼の服装を確認した。  スーツ、ノーネクタイ、アロハシャツ、リーゼント、そして先ほどから確認済みのサングラス………。いわゆるその道の御仁ではなかろうか。  私は動物的勘で覚った。視線を外したら負けだ、と。たちまちイチャモンをつけられてしまうだろう。  私はまばたきもせずに見返し続けた。  おそらく、時間にすれば三十秒とか、1分とか、そんなものだったろう。しかし、なかば無意識に息まで止めていた私には、非常に長い時間に思われた。  いったい、これ以上どうしたらいいのか。私がそう思ったとき、御仁はふとアイスクリームに目をやり、それをペロリとなめると、あっさり人ごみにまぎれていった。  助かった! どっと汗が吹き出る思いで、私は父をふり向いた。  すると、そこにいたはずの父がいない。 「お父ちゃん?」  私は父の姿をさがした。  父は、十メートルほど離れた所に、他人のふりをして立っていた。  オイッ! 生まれて初めて、私が心の底から親にツッコミをいれた、瞬間だった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!